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ワサビと呼ばれたオトコ―パタヤ日本人トレー伝説

投稿日:2004年1月13日 更新日:

wasabi

あれはパタヤに住み始めて半年ぐらいが過ぎた頃だったろうか。その時期は11月。ちょうどタイのロイカトーン(灯篭流し)を迎える日だった。その晩、僕はタイ民族衣装を身にまとった素敵な娘に一目ぼれした。プイ(仮名=21歳)。多少化粧は厚く感じたが、異国の民族衣装に僕のコスプレ・フェチズムがゾクゾクと反応した。

バーに座って一時間が経ったときには、僕は彼女をペイバーしていた。そして、この晩こそが、今でも耳をついて離れない言葉『ワサビ』(=仮名)との出会いでもあった。 すぐにプイを連れてホテルに戻った僕は、彼女と満足のいく夜を過ごした。シャワーを浴びた後も彼女は、僕の腕につつまれ、二人はたわいもない会話を繰り返していた。そして、彼女がフイにある質問を僕に投げかけてきた。「ワサビという名前の日本人を知ってる?」。

「ううん、知らないけど。一緒に行ったことのある人なの?」。僕を話せる人間だと感じたのか、彼女は真剣な表情で答えてきた。「私の前のボーイフレンドなんだけど、もう半年以上も前に連絡が途絶えてしまったの。あなたがもし知り合いならと思って」。彼女いわく、ワサビはバンコクで仕事をしている日本人らしく、週末になるとよくパタヤを訪れ、彼女をペイバーしてくれていたらしい。彼女とのワサビの話はそれで終わった。しかし、それからというもの、僕はこのワサビという名前をちょくちょく耳にするようになる。行く先々のバーで、同じ様に「ワサビのことを知ってるか」と聞かれることが多くなったのだ。

そして、当のワサビについての話も、僕の好奇心を誘う内容のものが多かった。あるバーでは女の子が涙ながらに僕に訴えかけてきた。「私がパタヤに来たばかりの頃、2週間ほど一緒に過ごしたんだけど、その後、彼との間に子供が出来てしまったの。でも、彼は私に500Bを素っ気なく渡すと、これで病院に行っておろして来いと。彼とはそれっきり会っていないワ」。タイでは(妊娠数ヶ月なら)堕胎手術を500Bほどの安値でする事が出来る。(ただし注射を打つ単純なやり方で、母体にはすごい悪影響を与えるが)

また、あるバーではママさんが噴気した表情で答えた。その内容はこうだ。バーで働き始めて一週間の娘を連れ出したワサビ。彼女との最初の交渉値はショートタイムで600Bだったが、いざ事に及ぶ際、彼女がコンドーム着用を強要した為、激怒。「俺は生じゃないとイカないんだ。ゴムをつけると1時間以上かかるがそれでも平気か?」。女の子「大丈夫」。そして1時間後、「モウヤメテ!」とせがむ彼女に「だから言っただろ。俺はまだイッテないから、お前はボリカン・マイディーだ(サービスが良くない)」といって半値の300Bで彼女を帰したのである。その娘はその翌日、田舎へと帰ってしまったとのことだった。

それから、僕は行くバー行くバーでお店の女の子に彼を知ってるかと、自らワサビ探索に乗り出した。そして、ワサビという日本人のすさまじい実態が浮かび上がってきた。どこのバーでも、彼に対する女の子の答えは、決まって最低な者である称号ばかりだったのである。「普通のマッサージ屋なのに、マッサージ嬢の乳をもんで追い出された」とか、「ママでもオバサンでも関係ない。バーではどんな女にでも触る、キスする。そしてスキあらば口説こうとする」とか。とにかくタルゥング(すけべ)で、トレー(女たらし)な奴だということ。そして、「バーではビアシンとタイウイスキーしか飲まない。チップは一切払わない。もちろん女の子にはオゴらない。」とにかくキーニャオ(ケチ)な奴だということだった。

「各バーに過去一人はヤッた女がいる」。「目があうと妊娠する、触れると妊娠する」といわれるほどのチャオチュー(浮気モノ)。なぜ、こんなにボロクソに言われながらも、女をとっかえひっかえ出来るのか、僕は不思議に思った。しかし、あるバーでは「彼は、私が知り合ったその日に連れ出したいと言われたんだけど、今日はマイサバーイ(体調が悪い)だからと断ったら、それじゃあ、これで家に帰りなとペイバー(連れ出し料)の200Bをくれたの」。また、あるバーでは女の子を全員ペイバーして皆でカラオケに行ったなど、美談もチラホラと出てきた。

そして、すべての娘が「彼はタルゥング(すけべ)でトレー(女たらし)だけど、いつでも人を楽しませようとする。一緒にいてサヌックな(楽しい)人」。と、最後には彼をフォローした。僕はますますワサビに興味を抱き、一度会ってみたいと思うようになった。しかし、ワサビという言葉を耳にして以来3ヶ月、彼とは全く顔をあわせる機会はなかった。以前付き合っていたという女の子いわく「彼はホントにタイ人のようだった。ソムタムが大好きで毎日のように食べていた」とか。

彼はディスコとゴーゴーバーが大の苦手だったというが、それには理由があって、「タイ人立ち入り禁止の店が多いディスコ、ゴーゴーバーでは必ずと言っていいほど、タイ人に間違われて入り口の係員に止められるから。」などとおちゃめな部分も顔をのぞかせた。僕は、そんな彼の容姿もぜひ拝んでみたいと思った。でも、どの女の子も、どのバーでも、ここ半年は彼を見かけていないという。そして、時の経つままに僕もワサビ探索をしなくなっていった…。

それから更に2、3ヶ月が過ぎた頃だったろうか。ある日、行きつけのバーで、さっきまでワサビが来ていたという話を聞いた。すぐに僕は、辺りのバーを探し回ったがワサビらしき人物はいなかった。そして、それ以降、再び僕は行く先々のバーでワサビ目撃談を聞くようになった。だが、いつも僕が遅いか、ワサビが後か…あと一歩の所ですれ違う日々が続いた。そう、パタヤのバービアは何百とある。まあ、そのうちと半ばあきらめかけていた、ある晩、ついに運命の日が訪れた。

行きつけのバーのママさんが僕に言った。「ワサビなら、たった今チェックしたところヨ。ほら、今あそこのバーで飲んでるじゃない」とママさんが指差した2軒隣りのバーには、確かにビアシン片手にバーの片隅に座る日本人らしき男の姿があった。僕はすぐに店のチェックを済ませると、そのバーへと足早に急いだ。しかし、すでにそのときワサビの姿はなかった。僕が目を離した隙はせいぜい2、3分ぐらいのものだったが。僕は、「ここに座っていた日本人はどっちに行ったか?」と店の娘に尋ねた。でも、「そんな人、ここには来ていない」と皆が皆答えてくる。そして、僕がさきほどワサビが座っているのを見たであろう席は、ママ専用の席で客は決して座ることがないとのことだった。僕は、狐につままれたような気持ちのまま、その日は家路についた。

そして、翌日、僕はパタヤ長期滞在者の一人で、長老といわれているN氏に、ワサビのこと、これまでのいきさつ、昨晩の出来事などをあらいざらい話してみた。するとN氏も驚いたように答えてきた。「それは多分○○君のことだろう。当時の彼はパタヤの女にモテてモテて大変だったからねぇ。毎日のように羨ましいほどに女をとっかえひっかえしていたよ」。「えっ、Nさん、彼を知ってるんですか?ぜひ会ってみたいんですけど。今度、紹介してもらえます?」。

「…」。「???」。「残念だけど、彼は、7、8ヶ月前にファラン(白人)の運転するバイクに轢かれて亡くなったんだよ。ホントに愛嬌があって、いい青年だったんだけどねぇ」。N氏いわく、タイ人は信心深く、霊界(オバケ)の存在を信じる民族。そういう状況下、タイで亡くなったファランの霊が、生前好きだったバービアを回るというウワサは後を絶たないらしい。無念にこの世を去ったワサビもバービアを忘れることが出来ずに、夜な夜な生前いきつけだったバービアを訪れていたのかもしれない。

ワサビの伝説は僕の中で幕を閉じた。でも、これだけは言えそうだ。僕同様、ワサビもバービア遊びをこよなく愛していたという事を。そして、僕はといえば、あいかわらず毎日のようにバービア遊びを繰り返しているが、それでも変わったことがひとつある。その翌日から、新しい「チューレン(タイでのあだ名)」を自らに命名したのだ。

店の女の子:「サバイディー・カァ。クン・チュー・アライ・カァ?」(こんばんわ、お名前は何ですか)

僕:「ポム・チュー・カラシ!」(僕の名前はカラシ)

僕のパタヤ伝説は、今始まったばかりだ。

 

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