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海で働く男たち―パタヤ湾の夕暮れ

投稿日:2004年1月30日 更新日:

umiotoko

「今日の海は時化てるねぇ」。「今日の波は荒いねぇ」。「最近は大漁、大安売りだぁ」。パタヤビーチは、タイが誇る一大リゾート恥(ち)! 荒波有するパタヤ湾は、その昔から、男たちの盛り場として栄えている。男たちは、雨が降ろうとも、嵐が来ようとも決して仕事を休まない。そう、彼らは、海の男たちだからである。

長期滞在者のひとり、タムラ(仮名=51歳)は、海の男である。彼は、日本で旅行代理店に20数年勤務した後、定年も待たず早くに会社を辞職。タイ移住を決意した。サラリーマン時代、添乗員として初めてパタヤを知って以来、この街の虜となっていたからだ。そして、独身貴族として、あくせく貯めた貯金が、彼の今後の人生の大事なパートナーでもある。一日、300バーツ。これが、彼が自らに課したパタヤ永住のための長期計画だった。

毎朝、ゆっくりと起きて、昼間は街をブラブラする。そして夜は、決まって大好きな酒を飲みにバービアへ。そんなのんびりとした常夏の国での生活が、毎日仕事に明け暮れていた会社時代の自分を解放してくれた。病みきっていた精神状態を癒してくれた。そして、添乗員として慣らした会話術、特に得意なタイ語は、彼の貴重な財産のひとつだった。

どんなバービアに行っても、冗談のひとつは言える、言葉も不自由なく通じる。タムラは、滞在当初、考えなくお金を使っていった。。せま苦しい日本からの脱出。その開放感からか、毎晩のように飲み歩き、気が合えば女の子とも夜を共にした。

そして、パタヤ滞在1年を迎えた頃、彼は、銀行の貯金残高を見て唖然とした。「こんな生活状況じゃ、一生、ここに住み続けることは出来ない」。 それからタムラの節制生活が始まった。一日、300バーツ。三度の飯はもちろんタイ食。日本食レストランに行くなどもっての他だった。しかし、好きな酒だけは絶対に辞めたくない。タムラはスーパーで大量にタイウイスキーを買い込んだ。そして、長期契約しているお気に入りのボロアパートにこもり、酒をチビチビやる。そんな日々が続いた。

しかし、そんな堕落した生活も長くは続かない。「これが私の望んでいた生活か?」。言うほどの貯金もないタムラにとっては、どうすることもできない現実だった。

だが、ある晩のこと、ほろ酔いついでに出かけた久しぶりの夜の街が、彼のパタヤ人生を大きく変えた。ふらっと何気なく足を運んだパタヤビーチ。そこは、多くの観光客、そしてタイ人で溢れかえっていた。たわいもないおしゃべり。海を眺めるカップル。そして、椰子の木陰からは、フリーの売春婦が、おいでおいでよと通りかかる欧米人に手を振っている。

「何だ、これは?ビーチ沿いにもこんなに売春婦がいたのか」。旅行当時には、足も運ばなかった夜のビーチ。タムラは、メコンウイスキー片手にベンチに座り、マンウォッチングを開始した。

見るからに女の峠を過ぎている売春婦、全身に怪しい発疹ができ、明らかに病気持ちと思われる売春婦、スケスケのボディコンを身にまとったオカマの集団、そして、ゴミ箱を漁る浮浪者。泥酔したファラン(外人)が、ケラケラと笑いながらオカマをからかっている。「何だ、この気味の悪い光景は…」。

華やかなバービアや、GOGOバーとは、異なった空間。うっそうとしていて、何かじめじめとした空間。しかし、初めは吐き気にも似た感情を抱いていたタムラだったが、数分もすると、そんな光景をも楽しむもうひとりの自分がいた。

タムラは、それから毎日のように夜のパタヤビーチへと足を運ぶようになった。自分でも、その理由は分からなかった。ただ何となく、何をするでもなく夜の海へと繰り出す自分がいた。そして、ビーチ通いも一ヶ月が過ぎると、、タムラは、そこにたむろする連中と顔見知りになった。二ヶ月も経つと、タムラの必須アイテム、メコンウイスキーに群がる仲間が出来た。そして、半年も経つと、タムラは夜のパタヤビーチの顔となった。タムラは、そこにたむろする和を楽しむようになっていた。

華やかなバービアや、GOGOバーとは、異なった空間。うっそうとしていて、何かじめじめとした空間。そんな世界に人間味を感じていた。哀愁にも似た感情を抱き始めていた。一日300バーツ。それでも充分に楽しめる世界。もちろん、ときには、知り合いのフリー売春婦と200バーツほどの安いチップで、夜を共にした。

タムラは、いつの日か、日夜問わずビーチへと足を運ぶようになった。そして、タムラは、海の男になった。

仲間の長期滞在者が、タムラに言う。今日の海は時化てるねぇ(今日は、いい女がいないねぇ)。今日の波は荒いねぇ(今日は手ごわそうな女ばかりだねぇ=交渉が難しそうな女)。最近は大漁、大安売りだぁ(ローシーズンは女があぶれているから、安く交渉できる)。彼らが使う海の言葉である。

「お酒おごってくれる?」。「幾らくれるの?」。「ロングタイムはヤダ!」。聞き飽きたセリフ。鳴り止まない大音響。そして、淫らな格好で怪しげに踊る女たち。彼らの多くは、バービアやGOGOなどの華やかな空間に飽きた連中である。

「やはり海の方が静かでいいねぇ」。「ねだられる酒もないし」。「ペイバー(連れ出し料)もないし」。海の男たちは、穏やかな空間を好む。しかし、そんな海も、やはり大自然の脅威。様々な危険で満ちている。ある海の男が言った。「昨日のあの娘、泥棒猫だったよ。一晩300バーツの約束だったのに、俺がシャワー浴びてる隙に、財布から有り金全部盗んでトンヅラしやがった…」。

別の男が言う。「ああ、そりゃもうダメだね。バンコクから遊びに来てたって子だろ。もう見つかんないよ。運がなかったと思って、諦めな」。そう、バービアやGOGOバーで働く売春婦と違って、海にたむろするフリーの女たちは、所属する店を持たない。ウソをつかれれば、どこの誰かさえも分からないのである。安値と甘い誘惑にそそのかされ、フリーの娼婦と夜を共にし、後に盗難事件に巻き込まれるというケースは驚くほど多い。

また、ある海の男が言った。「いつも、夜7時くらいになるとマクドナルド前に出勤する常連の子知ってるか?」。連れの男が言う。「あぁ、あの子、もうビーチ長いよねぇ。顔は可愛いんだけど、でも何か怪しい匂いがするよな」。「俺、3日前に彼女とヤッちゃったのよ」。「えっ!ついにあの子に手を出したか!で、どうだった?」。「俺も酔っ払ってたから、ゴムつけるの忘れちゃってさぁ」。「で?で?で?」。「やっぱり病気もらっちゃったわ」。「お前もまだまだだねぇ」。

そう、バービアやGOGOバーで働く売春婦と違って、海にたむろするフリーの女たちは、自分たちのケアもアバウトだ。店に所属する売春婦たちの多くは、一定周期の性病検査を義務付けられている。自ら進んで病院へ通う子も多いのである。エイズなどの病気で店での仕事を出来なくなった娼婦。酒と麻薬に溺れ金欲しさに売春をする性病持ちの女。家族のトラブルの為、期間限定で体を売りにきた女。初めから騙すつもりで言い寄ってくる女。

夜の海には、様々な種の女たちが存在する。そう、夜の海は管理者もいない半ば無法地帯なのだ。海の男たちには、「自己管理」、「危機管理」、そして「器具装着管理」が、問われる問題なのである。

それでも、海の男たちは、毎日、暑い日中から深夜明け方まで、海岸線の探索に乗り出す。そう、海はいつ何が起こるか分からないからだ。

「フリーで泳ぐ雑魚(フリーの売春婦)」を中心に、「遠くの海から迷い込んできた処魚(田舎から出てきたばかりの女)」。「可憐なふりを装い毒を刺す盗魚(盗む女)」。そして、「メスを装った偽魚(オカマ)」。とその種類も豊富。パタヤ湾は、魚(女)の種類とその数では、他ビーチの追随を許さない。

ある海の男が言った。「パタヤ湾は、リアス式海岸のようだねぇ」。そう、パタヤの海岸線は、くねくねと曲がった迷路のように難しく、奥が深い。遭難(トラブル)、病気(性病)、不用意に足を踏み入れれば簡単に荒波に飲み込まれてしまうのだ。

へたを打てば、生命の危機(エイズ)にも関わる大自然の脅威、海。それでも、海の男たちは、危険も省みず、新たな魚(女)との出会いを求め海岸線へと繰り出す。

「面舵いっぱ~い!」。パタヤ湾の夕暮れ時、今日も真っ赤な夕日は男たちの背中で鮮やかに彩っている。

 

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