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タイの仏教と現代のタイ人。

投稿日:2010年5月26日 更新日:

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【カンヌ国際映画祭】―タイ映画が史上初のパルムドール受賞!!インターネットニュースをいつものごとく貪っていると、映画好きの僕の目にこんなニュースが飛び込んできた。最近の情勢悪化で瀕死した状態が続いているタイにすれば、まさにグッドタイミング!?歴史と伝統、威厳ある映画祭での受賞には、ヨーロッパ諸国からの現状への暗喩(総意)のようなものがあるような気がしないでもないが、いや、これは仏陀からのお告げなのだ・・と捉える仏教徒もいるかもしれない。というのも、受賞作となった【ブーンミおじさん】は、「死期が近いと悟ったおじさんが、ジャングル~洞窟へと分け入り、死へ向かっていく様子をつづったストーリーで、死者とか幽霊が出てきて・・」という輪廻転生仏教観を描いた作品だとのことだからだ。(いたって平和的)

そして、気になる北野武監督の最新作【アウトレイジ】はと言えば、久々の暴力映画で、観客受けは良かったらしいが、評論家やマスコミの評価は総じて悪い・・とのことらしい。(まだ見てないから何とも言えないが)おそらく北野監督だけに、リアルな現実と痛々しい描写、でも、どこか切なく優しい作品になっているはずなのだが、今、喪失感ただよう時代が求める、世界の最新流行は、総じて、純然たる平和志向ということになるのかもしれない。

そんな分けの分からない妄想に浸っていると、「某タクシン、赤色派によるバンコク迷走をよそに、滞在中のパリ、カンヌ映画祭に姿を現す・・」との記事が。「なぜ?」。主導する自分の軍団たちが数々巻き起こしている暴挙を「自分には関係のないことだ・・」と言わんばかりの態度だが、まさかタイ作品受賞との関わりはないよね・・とだけ信じたい。それにしても、いつでも不気味な存在だ。それは「私は逃げも隠れもしない。そして、こんな状況でも全く問題ない。いや、どちらかというと、亡命先の国(世界の人々)は赤色に同情的なのだ・・」ということを地団太を踏むタイ政府をよそに、見せつけ高笑いしているようにさえ感じるのは僕だけだろうか。

ここまでの流れを追ってくれば、明らかな証拠は数々出ている模様。実際、赤色派に雇われたカンボジア人、ミャンマー人が逮捕され供述している。全国の赤色軍団に火炎ビン放火や強奪を訴え指示した集会の様子(映像)が公開されている。そして、シンパたちへの行動を促す幹部たちの巧妙なやり方は、まさにカルト集団オウムのような洗脳術(マインド・コントロール)に似ていることこの上ない。おそらく、行動派シンパの頭にあるものは、「戦って勝つか or 逮捕されて(実質)死か」。織田信長の延暦寺焼き討ちではないが、「気に入らないからヤツらを全部焼いてしまえ」的思考が、このご時世にまかり通ったことに、もっと戦慄を覚えないといけないのである。

だが、それは、まかり通ってしまった。そして、一部の人間たちはいまだ、その心意気なのだ。都心地バンコクは、今尚、非常事態下にあるはずなのに、どうも国民自体はマヒしているように腑抜けた様相である。そして、それこそが問題であり、仏教愛好家の僕が思うに、タイ仏教の現実というものに答えが隠されているような気がしないでもない。

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僕が初めてタイの仏教に触れたのは、パタヤのバービア街を練り歩く売り子から買った(仏教的には借りたという)仏像だった。そして、部屋のインテリアが増えたぐらいの感覚で、飾り物のように置かれた仏像を、部屋の高い位置に移し~花を添え~線香をあげることを教えてくれたのは、とあるバービアで働くイケイケのパタヤレディーだった。それは、僕にとって、キャバ嬢が熱心に神社参りでもしているかのような衝撃度で、後にそれは、タイでは日常的なことなのだという事実に、更に好奇心をくすぐられた。

そして、それから僕は、寺院に足を運び、タイ仏教というものに興味を覚え、生で接するたび、そこにある寛容な愛とか平和、安らぎといった圧倒的な優しさに包まれる自分を感じた。僕の興味は更に深いものとなり、タイ仏教の起源、成り立ち、仕組み。そして、インドで発祥した仏教の教え~その後の変遷まで、とにかくアジアの周辺知識をことごとく貪った・・苦笑)。そして、分かったことと、実感したことがある。それが先ほどのカンヌ映画祭の話でも出てきた輪廻転生(りんねてんしょう/てんせい)である。

これは魂が輪のように生まれ変わり続けることを意味し、タイでも特にタンブン(来世のために現世で徳を積むこと)心から、寺院に足を運び、日頃から仏壇を拝むタイ人は多い。しかし、タイでは、このタンブンという言葉だけが、やけに一人歩きし、どうも商業化の一手となっているような気がして仕方ない。仏教には、それ以上の説法が他にも山ほどあるのに・・である。物乞いする人々、鳥をカゴに入れて売るタンブン商売、そして商業的に作られたプラスティックケース入りのタンブンセットを寺院周辺で買い求め、個人的タンブンに熱心な人々。それは、明らかに現世利益(自分の願望)を重要視する現代人という姿で、本来の仏教の教えとはかけ離れたもののようにも感じる。

事実、インド発生時の教えを根強く残していると言われるチベット、ブータンの仏教では、輪廻転生という考え以前に、先ず、とか慈悲(じひ)といったキーワードがその土台にしっかりと根付いている。だから、輪廻転生の解釈も、「自分の来世はアリか虫かもしれない。そう思うと、いかなる生き物でも殺生はご法度なのだ」という他人をいたわり慈しむ愛の教えに変わるのである。そして、毎日、熱心に寺院へと足を運ぶ(タイ的に言うタンブン)時、彼らが念じ拝むものは、「自分以外の人々が幸福であることへの願い・・」だけである。それは、後に、自分が幸福な人々に囲まれた、まさに幸福な人になるという何とも優しい考え(教え)なのである。

タイ仏教も昔はそうだったのかもしれない。いや、そうだったに違いないと思いたい。ただ、実際問題、タイ人の考えるタンブン思想に、僕は時々、首を傾げることがあるのも確かである。「その辺にいる、そして、寺院にいる昨今のタイ人たちよ・・。あなたは本当に仏教徒?どれぐらい仏教徒?花と線香あげれば悪いことがチャラになって良いことが起こるさ。なーんて単純思考な現世利益派ブッディストは、いないかい??」と、僕は叫びたい。仏教は、元々、愛と平和の宗教であり、精神哲学であり、人生の教えなのである。

ただ、「争いごとや殺生はいけない(意味がない)」といった単純事項すら、人間(ひと)としての道徳心すら、すでに念頭になく妄信的に「勝つことだけ!」に躍起になっている一部の人間がいて、それに一抹の不安を抱きながらも、あいかわらずのんきに暮らしている国民がいる。そして、そんな現代型の仏教国家に暮らす人々に、まさに現世利益を求める象徴のような人物が現れた。それこそタクシンだったように思うし、良し悪しは別として絶妙のタイミングで時代にマッチングした(その思想が大衆受けした)・・ということなのであろう。(多分)

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だが、そもそもタイ王国とは、農村漁業といった豊かな自然資源に恵まれた自給自足型国家、優しい仏教心溢れる微笑みの国として観光大国の顔も持つ楽園である。(はずである・・多分)そして、資源問題とかECOとか環境ビジネスが昨今の先進国の流行で、どちらかと言うと平和志向へと向かっている世界不況の中、タイはそのお手本(次世代のリーダー格)となり得る資質を十分に秘めた国だ。(と僕は思っている)それなのに、どうなってるんだタイランド?まったく利権争いだか何だか知らないが、バカらしい政治闘争は、もう止めにしてくれないか。

今回の騒ぎによる商業施設の閉鎖・休業・焼失・雇用など、その被害総額は、数千億バーツにも上ると言う。一方、対立激化のきっかけとなったタクシン一族の資産没収額は766億バーツだった。これこそ、まさに赤色の勝利だったのではないだろうか。何とも忍びない結果である。そして、その不安感や焦燥感といった類のものは、まだ不満分子として、今も尚タイ国内に点在している。もう十分だろう・・。そこにはの一欠片もないのかい?そして、ただ、いつでも、いつまでも仏教の教えは、常に寛容な態度で、全てを暖かく優しく包み込むだけなのである―。ふぅぅぅぅむ・・・。

いやいや、果たして、実は、こんな話をすること自体がもう時代遅れなのかもしれない。それは見方を変えれば、自称タイ好き(仏教愛好家)を名乗る外国人(中年日本人)が、手前勝手なノスタルジーに浸り、「あの頃のタイは良かった・・」などと、ほざいているだけの哀愁漂うおっさんブログのようでもあるからである。そう、結局、答えは見つからない。それは、タイ人が決めることなのである。タイ好きなおっさんは、ただ、願うのみである。「南無阿弥陀仏 阿弥陀仏 あの日のタイが なつかしか・・・」。「南無阿弥陀仏 阿弥陀仏 ハレルヤタイは いつの日か・・・」。

 

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