タイ最大の歓楽街を誇る街パタヤ。この街には東北イサーン地方から出稼ぎに来た女性の数が大半を占める。働けなくなった親の面倒を見るため、貧しい家族の生計を養うため、早くに出来てしまった自分の子供の養育費を稼ぐためなどなど・・理由は多数存在するが、とにかく、この街には、バンコクで働くような一般的種の女性は、ほとんど存在しない。
皆がみな、何かしらの問題を抱え、出稼ぎへとやってくるのである。そして、中には、更なる野望を抱き、海外へと職を求める人種も存在するのである。イサーン地方の中でも特に貧しいとされるスリン地方出身のラック(=仮名)は今年で25歳。彼女には、養う子供も、兄弟もいない。
両親は、彼女が幼い時に離婚。20歳の時には、愛するタイ人男性との念願の結婚を果たした彼女だったが、それも長くは続かず離婚。彼女は、とにかく、愛に飢えた一人身の生活を繰り返していた。特に養う者もいない。稼いだ金銭は、全て自分の生活費にのみ充てられる。かと言って、工場勤めの給料だけでは、たった一人の生活でさえ、余裕のあるものとは言いがたかった。そんなとき、ある友人から、伝え聞いた地、パタヤ。そこでは、欧米人との結婚の末、大金をつかんだ種の女性が多くいると言う。
愛が欲しい。だが、浮気者のタイ人男性だけは、もうウンザリ。安易な気持ちからか、ラックは、工場勤めを辞めパタヤへ移り住んだ。華やかなネオン街。艶かしい衣装を身にまとった女性たち。酒と女に溺れた外国人観光客。そこはバンコクとは違った非日常的な異空間だった。ラックは、友人の知人から紹介された、あるバービアで働くことになった。
そこは、パタヤの中でも最も観光客が足を運ぶと言われるウォーキングストリート。褐色の肌と、線の細い小柄な身体、決して美人の部類の顔立ちとは言えなかったが、肌をあらわにした衣服を身にまとえば、25歳のラックにさえ、言い寄って来る男は後を経たなかった。
それから、1年。バンコクでの工場勤めから、夜の職業へと身を投じたラックは、立派な売春婦へと転身した。だが、当初、彼女が望んでいた甘い夢は、全くの淡い夢であったことが分かった。売春で溢れた街に、まっとうな考えの種の男性が訪れるはずもなく、そのほとんどは、お金で買える一夜かぎりの相手を求めに来たやからばかり。欧米人との結婚で成功を収めた同業の女性など、ごくごく一握りであった。
養う者のいないラックは、それほどお金を稼ぐ必要も無い。彼女がこの1年で手にしたものはと言えば、接客の際に身につけた、ある程度の英会話能力と男性の扱い方だけ。気に入った客がいれば、夜のともをし、いなければ、ただ、退屈な連夜の呼び込みを繰り返す。ラックにとって、それは工場勤めと同様、空虚なものとなった。
だが、そんな退屈な生活が続いている彼女に、ある話が舞い込んでくる。イングランド行きの話だった。それは友人からの言葉だった。「この前、知り合ったイギリス人がね、イングランドで、バーのオーナーをやっているらしいんだけど。タイ人ホステスのバー。今、そこで英語を話せるタイ人ママさんを探しているんですって。で、ラックが適任かなっと思って…」。
初めは怪しいと思ったラックだったが、友人に紹介されたイギリス人に会えば、夢は大きく膨らんだ。そのタイ人バーは、日本でいうキャバクラのようなもの。お客の席に、タイ人女性がつき一緒に話をし、お酒を飲むというシステムらしい。だが、お客とホステスの間を埋める、いわゆるママさん的存在が不足しているため、タイにスカウトに来たところ、ラックに、ちょうど話が回ってきたといういきさつだった。
一ヶ月の給料は、タイバーツにしておよそ10万バーツ。願ってもない、いい話であった。話を振ってきた友人も、ホステスとしてのイングランド行きを決めたという。パタヤでの生活にも、退屈を覚えていたラックは、二つ返事でこの話を承諾した。だが、世の中、そんなに上手く事は運ばないものである。イングランド行きの話をもらってから、一週間。パスポート取得のためにと、友人とともに訪れたバンコクで、待っていたものは監獄への片道切符だった。
イングランド行きの手続きを代行してくれると、あるタイ人を紹介され、約束の場所へと向かう。だが、意気揚々として向かった場所は、イングランド大使館ではなく、あるアパートの一室だった。怪しい人相のタイ人男性に、ある一通のパスポートを渡される。
タイ国政府が発行する赤茶色の旅券。見開きの所持人欄には、自分とは違う、タイ人女性の顔写真があった。「もしかして、これって、不法入国なのでは…」。不安な思いが心を駆け巡る。そして、有無を言わさず、数日後の航空券が渡される。「これを渡航当日までに暗記しておけ!」。渡された一枚の紙には入管の際の注意事項が記載されていた。「滞在目的は?⇒私は観光で来ました。」「滞在先は?⇒バッキングガムホテルです。」etc.
更に、男からの一言。「当日までに、パスポートの顔写真と同様の髪型にしておけ!」。「あ、あの、これって、正規な入国ではないんですよね」。「お前、売春に行くのに、正規のビザが取れるわけがないだろう!」。「えっ、私、バーのママさんって聞いてますけど…」。「お前、そんな都合のいい話あるわけないだろぅ!お前は、向こうの売春宿で働くんだよ!」。「一ヶ月10万バーツという話は…」。「お前の体が、どれだけ持つか次第だけどな」。ラックは、自分の不運を呪うはめとなった。
特にお金に困っていることもない。養う家族もいない。さして大金を稼ぐ必要のないラックは、この詐欺まがいの話を断ろうとした。だが、シナリオは、すばやく、且つ、巧妙に出来ていた。話を振ってから、10日後には、もう出発の日を迎える。例のブローカー男は、「お前の親にも、すでに話は行っている」と言う。しばらく音信不通だった母親に連絡を入れると、母は、男から都合のいい部分の話だけを聞くと、多額の借金の証書にサイン済みということだった。
ここに来て、マフィア絡みの話だと理解しても、ラックに、後戻りの道はなかった。更に、男から、追い討ちの連絡が入る。「お前は、借金を負ってイングランドに行くことになる。向こうで働いて、それを返済していくという形だ。金は、すでにある程度、お前の母親へと渡っている。母親のサインももらっている。もう逃げることも出来ない。大丈夫、、向こうで、がんばれば、すぐに帰ってこれるさ」。
友人は、貧乏な家族の生計を養うべく、すでに覚悟は出来ているようだった。「同じように、以前にイングランドに出稼ぎに行った人に会ったの」。友人は答えた。「その人は、1年でタイに帰ってきたんだけど、たったの1年で、300万バーツも稼いだんだって。私もがんばる」。
ただ、彼女らが働きに連れて行かれる場所は、俗にいう置屋である。事情を知り、事態を心配する他の友人からは、聞きたくもない話が、山と入ってきた。「客を相手にする時間は、一度に20分で、客が店に払うお金のうち3割ほどが、彼女らの取り分となる」。「一日に、20~30人ものお客を相手にしなけらばならない。もちろん拒否は出来ない」。「ヤル気のなくなった女は、薬づけにされ、仕事を強要されることもある」。もう、あと戻りは、出来なかった。
ラックは、覚悟を決めた。性の捌け口として、ブタのようにこき使われ、薬づけにされ、、使えなくなれば捨てられる世界。確かに、甘い話に乗り、出稼ぎに出、現地で死んだ、、また、薬づけになり、二度と帰ってはこない女性も多いと言う。だが、中には、借金を返済し、大金を得て、帰還する者も、ごく一部いるのである。
出発の日から、早や一ヶ月。ラックが、タイに戻ってきた形跡はない。不法入国は、おそらく、成功したのであろう。出発前、彼女は、意思強く微笑んで言った。
「1年間がんばって、帰ってきたら、自分の家を建てて優雅に暮らすの…」。彼女の瞳の奥、そこには、凛とした一本の芯が垣間見えた。