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男たちの南国物語 VO.16 パタヤナイトライフ―アジア逃避行編

投稿日:2017年6月14日 更新日:

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「では、ヒロ君、とりあえず、乾杯!ということで」

「いやー、ホントに大丈夫ですかねぇ?まさか、ここまで追って来ませんかねぇ?」

「いえいえ、この辺りまで来れば問題ないでしょう。タイ人だから面倒くさがってすぐに諦めますよ。まぁ、しばらくは南パタヤ界隈は避けて過ごしましょうかねー」

燦燦と輝く午後の陽光を浴びながら、ホテルのベランダに置かれたデッキチェアに腰掛け、僕とエビスさんは半裸姿に缶ビールで喉の渇きを潤していた。我々はパタヤ滞在初日に出会い、三日間過ごしたタイ人女性二人組から逃げるように定宿を飛び出してきていた。

ピックアップトラックの荷台を改造した乗り合いタクシー、ソンテウに乗り、セカンドロードを北上、、降りた場所はパタヤ中心部エリアでマイクショッピングモールを少し過ぎた辺りだった。距離的にさほど遠くまでやって来た感じもせず、「もしバイタクとかで彼女たちが追いかけてきて見つかったらどうするんだ?」と僕は不安に駆られる一方だったが、エビスさんは「大丈夫ですよー」と呑気に宿探しを始めた。

閑散期だからかホテルはすぐに見つかった。というか、僕が率先して歩き、ふと目に留まって自ら飛び込んだ一軒目のホテルだった。大通りのセカンドロードからソイハニーインを少し入った所にあるシーブリーズホテルという中級ホテルで一泊1,000バーツ程、日本円で3,000円ぐらいだった。それを3日は泊まるからと交渉し800バーツに負けてもらった。南パタヤの定宿に比べ少し値が張ったが、僕は逃げてきた爽快感で少し気持ちが大きくなっていたのと、何より早く建物の中に入って、しばらく隠れて落ち着きたい一心だったので、エビスさんに懇願するように勧めてチェックインを急いだ。

ハスキーボイスの女と過ごした悪夢のような日々を頭から振り払うように、夕暮れ前からホテル近くのバービアで酒を煽る。ひなびた店のカウンター席の隅に隠れるように座り、カウンター向こうに座る中年のタイ人女性とぼんやりゲームに興じながら心身を休める。カウンター内では、エビスさんが中央に設置された台の上でポールを弄び、歓声をあげる女性たちと一緒に、満面の笑みを浮かべて腰を揺らしていた。

僕らは、それから南パタヤを避けるように、そちら方面へは足を向けず、パタヤ中心部周辺で過ごすようになった。

パタヤ市内は、湾曲した南北2キロ程に渡るパタヤビーチに沿うように通りができている。海に面したメイン通りのビーチロード、それと平行するようにセカンドロード、サードロードと続き、容易に頭の中で地図を描くことが出来る。タイ語で大通りを「サーイ」、大通りから派生する小さな通りのことを「ソイ」と言い、北パタヤのソイ1から、ソイ2、ソイ3と、、南パタヤにかけて、海岸線と垂直のビーチへ抜ける通りが並んでいる。

僕らが次の定宿に決めたのは、パタヤの中心部エリアでソイ10周辺だった。ホテルから少し歩くとマイクショッピングモールがあり、昼間は上階の展望レストラン風フードコートで食事を取ったり、夜にはソイ10周辺からソイ9、ソイ8、ソイ7と徒歩圏内にあるバービア群を流すように飲み歩いた。まだセントラルデパートができる前でソイ9周辺にもバービアが林立していた。

怪しく光るピンクネオンと、あちこちの店から流れてくるクラブミュージック、嬌声を上げる女性たちに誘われ、手を引っ張られながら、意気揚々と通りを練り歩く。ある晩、僕はソイ7にあるバービア群で一人の女性を連れ出した。それが、僕がその後タイ移住を決めることになる一つのきっかけとも言うべきタイ人女性、クンとの出会いだった。

カンボジア~パタヤ入りしてから、オカマのようなタイ人女性と過ごした数日間にすっかりタイ人恐怖症気味になっていた僕だったが、その晩、酔いどれでホテルに帰還しようとしていた時だった。深夜のバービア群の中、通りに面した椅子に胡坐をかき、気だるそうに呼びかけをしていた女性にふと目を奪われた。歩く僕と目が合い、軽く彼女の口元が緩んだような気がして、僕は吸い寄せられるように彼女の座る店の軒先へと足を向けたのだった。

イングランドの国旗が看板一面にあしらわれた「UK BAR」という分かりやすい名前の店で、店内の屋根部分からは色とりどりの万国旗がはためいている。彼女が座っていた軒先のテーブル席に腰を下ろし、酔い覚ましにとコーラを注文する。すると彼女は「なんだ、お酒を飲まないの?」といった嘲りの態度を見せてきたので、僕はむきになって飲みたくもないハイネケンを追加で注文した。それを見た彼女は「私も飲んでいい?」と僕に追随するように、SPY(スパイ)という赤い瓶のお酒を注文した。少し飲ませてもらうと甘くてシュワッとするワインクーラーのような飲み物だった。

タイ料理で有名なトムヤムクンからも分かるとおり、「クン」とはタイ語で「海老」という意味合いのニックネームだった。エビなんて変なあだ名をつけたもんだなぁと僕が面白がると、彼女はそれじゃあといった様子で「キョウコ」という名前を連呼し、「コニチワ」とか「イラシャマセー」といった怪しい発音の日本語をケラケラ笑いながら投げかけてきた。タイで人気があるのか「キョウコ」とは深田恭子のことらしかった。

クンは20歳になるかならないかぐらいの年頃で、小柄で細身の体躯に簡素なTシャツとジーンズを身に着け、大人の女性というより、あどけない無邪気な少女といった感じだった。恥ずかしがっているのか、僕が片言の英語で話しかけても、クンは頓珍漢な怪しい日本語の返答を繰り返し、会話をはぐらかすように冗談を言って笑うばかりで、僕はその受け答えが妙に気に入り、久しぶりにカラッとした陽気に出会えたような心地よさに包まれていた。

僕はその溌剌とした陽気さに乗せられ、久しぶりにバービアからタイ人女性を連れ出した。そして、その様子を暖かく見守ってくれていたエビスさんは、ホテルへの帰り際に寄ったソイ9のバービア群で、ニューハーフばかりが働いている店からオカマを連れ出した。苦笑いをする僕をよそに、クンは呆気にとられていた。

飾り気のないさっぱりとした性格のクンは、ホテルに戻り二人きりになってからも、勝手知ったる部屋のように我が物顔でくつろいだ。ベッドの上で胡坐をかき、買い出してきた袋菓子を片手にお気に入りのSPYを飲みながら、テレビでコメディー番組を見て笑い転げていた。それから彼女と肌を重ねたが、それはいたって淡白な夜の営みだった。

翌日の朝遅くに目覚めた僕は、隣でまだ寝息を立てているクンに欲情してしまい、もぞもぞとシーツの中に潜り込むと、寝起きの彼女を襲った。悶絶するような表情を浮かべる彼女に更に力を込めると、彼女がお腹を抑えて痛がっている様子だったので、行為を中断した。それが終わると、彼女はお腹に手をやり「ハングリー」と呟き、そそくさとシャワーを浴びて衣服に着替えた。別れ際に手渡した1,000バーツのチップをそのままジーンズのポッケに押し込み、淡々とした表情で部屋を後にした。

僕は彼女の素っ気無い態度に俄然やる気になり、それから毎晩のようにクンの働くバービアへ足を向けるようになった。僕はどうやら一人の女性に夢中になると狙い落としたくなる性格のようだった。一方のエビスさんは、そんな僕とは反対に毎晩のように女性をとっかえひっかえした。いや、それは厳密に言うと女性ではなくオカマで、パタヤ入りして数日過ごした南国娘からの逃亡劇以降、エビスさんの性癖は再び元に戻ったようだった。

エビスさんはパタヤ中に点在するニューハーフバーを熟知していて、嫌がる僕をよそに「付き合ってくださいよー」と半ば強引に色々な店に連れて行かれた。彼の好みはドラァグクイーンやスーパーモデルみたいなレディーボーイらしく、決まって自分より身長が高いオカマを探し求めた。そんなエビスさんが気に入ったオカマを見つけられず、最後の様子見にと足を運ぶのがニューハーフショーで有名なティファニーだった。

その日のショーが終演する夜10時過ぎになると、ティファニーの出入口付近をうろつき、仕事終わりで帰宅するニューハーフたちに次々声をかけてはナンパする。高いヒールを合わせると180cm以上はゆうに超える彼女たちに得意のタイ語でニコニコと話しかける。オカマとはいえ、ショーで働くような女性たちが我々のような観光客を相手にするのかと半信半疑だったが、これが意外に簡単にものにできるようだった。

ある日の午後、エビスさんが「プールにでも行きましょうかー」と提案してきた。エビスさんはティファニーで働くオカマと数日過ごしており、彼女を連れて行くというので、僕はクンを誘った。ソンテウを貸しきり、南パタヤからジョムティエンビーチに抜ける途中にあるパタヤパークへと足を延ばした。

パタヤパークホテルには展望レストランの他、地上170m(55階)から降下するタワージャンプやスカイシャトル等、スリル満点のアトラクションがあり、観光客に人気のスポットだ。敷地内には小ぶりな遊園地にウォーターパークと呼ばれるプールがあり、ジェットスライダーなど施設が充実している。

僕らは海に面したプールでのんびりくつろぐことにした。クンにその辺の出店で水着を買ってあげたが、恥ずかしがってTシャツを上から羽織っていた。一方、エビスさんに連れられたスッピン顔のオカマちゃんは大胆なハイレグ水着を身につけ、さほど処理が行き届いていない全身の無駄毛をさらけ出していた。僕とクンはそれを見て苦笑いするだけであった。

パタヤパークに着いてしばらくすると、オカマちゃんの友達一派が我々の前に姿を現した。どうやらティファニーで働く同僚たちが話を聞きつけ遊びに来たらしい。それは総勢7~8人ほどのニューハーフの集団で、遠めから見る分にはすらりと背が高いモデルたちの余暇といった様相である。しかし、大げさに腰をくねらせて無理やり繕ったように歩く姿や、彼女たちから発せられる低く濁りのある声色が、それを異様な光景に変化させていた。

皆スッピン顔にサングラスをかけ、各々ご自慢のセクシー水着を身につけている。僕らは周囲からの好奇の視線に晒される中、ギャーギャーと野太い嬌声をあげる彼女たちと一緒に水遊びに興じる羽目になった。時間の経過と共に彼らの顔には青々とした髭が色濃く浮かび上がり、水で洗い流された身体は角ばった筋肉質で骨格の太さを強調している。ぎらぎらと眩しく照りつける午後の日差しが、それを一層リアルなものに見せた。

それから、ほどなくして、エビスさんは日本へ帰国した。

まだ日本に戻る気分になれなかった僕は、更に1週間、滞在を延長した。

そうなることをある程度自分で予測していた僕は今回オープンチケットを購入しタイに来ていた。旅は一ヶ月ぐらいになるだろうか。いや、どうせだったら、この機会に2~3ヶ月ほどアジア各国を周遊するのもいいかもしれない。アパートの家賃の支払いがあるのが気がかりだったが、友達か弟にでも頼んで大家に振り込んでもらえば何とかなるだろう。

さて、どうしたものか。いったい、僕はこの後どうすればいいんだろう。エビスさんが居なくなり独りになると、再び言いようもない孤独感や焦燥感に苛まれることになった。考えれば考えるほど答えは行き詰る一方で、僕は重くなってしまった腰を再び上げることが出来なくなっていた。

ただ、日本には帰りたくないという思いばかりに支配されていた。

もはや慣れ親しんできたパタヤの喧騒に紛れ、南国の気だるい空気に甘えるように身を任せるだけだった。

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