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パタヤジョイ【6】―いま幻影を求めて

投稿日:2005年1月6日 更新日:

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「Hello.. honey..I miss you, I want you, See you again 3months later..OK? Don't cry for me..OK?」。あの年の年越しシーズン、僕は、ジョイと再会、およそ10日間という短いながらも濃密な時間を過ごした。「3ヶ月後に、また会いに来て…」。最後の晩、ジョイは僕に告げてきた。「仕事があるから絶対に無理だよ…」。僕は答えたが、ジョイには僕の日本の生活を、当然分かってはもらえなかった。

3ヶ月後に無理なら、もう会わない!と駄々をこねるジョイ。「OK...OK...」。僕は、確実に無理だと分かっていながらも、もしかしたら、ゴールデンウィーク中に何日かの休暇がもらえるかもという甘い考えもあり、ジョイをなだめた。ただ、頭の中は、もうしばらくジョイと会えないだろうという思考のみが占拠していた・・・。

「Hello.. honey..I miss you, I want you, See you again 3months later..OK? Don't cry for me..OK?」。日本から持ってきた僕の携帯電話にはジョイの音声が録音された。これがジョイとの約束の印だった。このときの訪タイは、休暇全てをジョイとの時間に割いたため、日本に戻った翌日からは、再び仕事づけの毎日が待ち受けていた。余韻に浸る時間など与えられなかった。

「お前、海外行ってたのか。日焼けなんかして、リッチだねぇ」。上司に言われ、愛想笑いを投げ返す。ただ、僕は、確かに常夏の国を訪れていたが、それは彼らが俗に思い描く観光とは大きくかけ離れていた。僕の財布の中には、ジョイと撮ったプリクラが収められていた。会社への通勤途中、仕事の合間、僕は暇さえあれば、「あの笑顔のジョイ」をポッケから取り出し、その思いをはるか南の国へと向けた。

「♪♪♪♪~~(通知不可能)」。当時、僕が所持していたドコモの携帯が表示するこの言葉は、海外からの着信を意味していた。ジョイは仕事中によく電話をかけてきた。あわてて廊下へと駆け出し、電話に出る。「Hello,Joy? Now I'm busy to work..I call you back later..OK?」。タイと日本の時差はたったの2時間だが、特殊な業種だった僕の仕事は、夜9時頃からOAが終わる深夜1時ぐらいまでが最も忙しい時間帯である。そんなときに鳴る「通知不可能」の着信は、僕の気持ちを一気に揺らがせた。

休みない毎日の仕事で、日本での現実に引き戻されては、ジョイからの電話で再び思いは南の国へと連れ戻される。僕の思考回路は、どうコントロールしようもなかった。よほど仕事が遅くなったり、疲れたりしなければ、僕はほぼ毎日のメール送受信を怠らなかった。そして、ジョイがメールで、電話で告げる「いつ会いに来れるの?」。このフレーズは決まりごとのようだった。「Maybe March...」。「Maybe April...」。僕はあてのない返答を繰り返した。約束の3ヶ月は、あっという間に訪れた。。

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僕には、日本で付き合っている新しい彼女が出来ていた。その前の彼女とは、就職を境に別れてしまったが、ジョイにももちろん内緒の彼女だった。ただ、その彼女は、僕が休みになると、一人でタイに行こうとするものだから、何かわけ知り顔をするような節はあったが、建前上、僕の中のジョイは、あいかわず、秘密の宝箱の存在だった。

僕は日本で付き合っている彼女のことが好きだった。だが、その感情を深く掘り下げていくと、やはりジョイのほうに心奪われていたことは否めない。なぜなのだろうか。簡単には会えない彼女。ナイトバーで働く彼女。もしかしたら僕のことなど客の一人だと思っているかもしれない彼女。現実的に二人の将来など全く見えて来ない彼女。

なぜなのだろうか。それはタイという国、そして、タイという国で生まれ育った人間の底知れない魅力だと思われた。かけひきのない恋愛。喜怒哀楽を思いのままにさらけ出す性格。本能のまま、楽しみ、生きているというのだろうか。僕は、そんなタイの、タイ人女性の魔力とも言える魅力に、はまってしまったのだろう。

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あの思い出の年越しから、、5ヶ月経った月。6月16日はジョイの誕生日だった。僕は前回の滞在で残ってしまったバーツ紙幣とメッセージカード。そして、一万円札を2枚、何重にもティッシュでくるみ、封筒に入れ、ジョイへと贈った。ジョイには電話で、そっちで好きなものを買いなと告げた。かなり危険な行為で、途中で紛失する恐れもあったが、数日後、ジョイの元に僕のプレゼントは届いたとのことだった。

「Thank you honey..I love you...」。ジョイは、そのお金で新しい携帯電話を購入したと言った。ジョイがいまだ働いているという現実。金銭を必要としている現実。いろいろなことを知ってしまった以上、僕に出来ることはそれぐらいしかなかった。情けなくも、次回の渡タイがいつになるか分からない僕の現実から考えれば、関係を繋ぎ止めるのは、ある程度の金銭だと思われた。

しかし、その後も、僕の長期休暇の予定は全く見えてこなかった。あいかわらず、ジョイはいったいいつ来れるの?と僕に尋ね、僕は来月には絶対!などという根拠のない返答を繰り返した。怒っても、苛立っても、泣いても、それが僕の現実だった。そして、日本の生活を全て投げ打ってまでタイに乗り込む自信は、僕には到底なかった。

7月、、8月、、9月、、時は当然のように過ぎ行き、、残酷にも僕らの距離を疎遠なものへと変化させていった。僕らのメールのやり取りは、その数を減らしていった。そして、ある日、突然、ジョイのメールアドレスはこの世から姿を消した。

「ハローッ!ハローッ!」。いくらかけても繋がらない電話。理解は出来ないが、受話器の向こうから聞こえてくるのは、電源を切っていると思われるタイ語の音声…。突如として、送信不可能になってしまったメールアドレス…。何も告げることなく、そして何の前触れもなく、ジョイは僕の前から姿を消した。

会いたいのに会いに行けない。まだ仕事をしているのか、田舎に帰ってしまったのかも分からない。もちろん、僕にはどうすることも出来なかった。僕は仕事に苛立ち、そんな自分に腹が立ち、でも、どうすることも出来ない情けない自分を恨んだ。一人部屋で泣いた。ジョイとの写真を眺め号泣した。だが、残酷にも、休みのない毎日の仕事は続いた…。

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そして、ジョイと過ごしたあの年から、半年が過ぎ、、年が明け、、ジョイとの音信不通から1年が過ぎた夏、僕には久しぶりの長期休暇が与えられた。僕は再びタイへと足を運んだ。ただ、それまでの時間という名の生き物は、すでに僕のジョイへの気持ちを思い出に変えてくれていた。「あの思い出の地、パタヤにもう一度行ってみたい」。僕の感情は穏やかに晴れ渡っていた。

このときの滞在は1週間。だが、僕はジョイのバーに行く度胸、真実を確かめる強い心臓を持ち合わせてはいなかった。とにかく、久しぶりのパタヤは懐かしい場所でいっぱいだったが、情けなくも僕はソイ9周辺、ジョイが働いているであろう店の周辺を避けて過ごした。

しかし、心の底から湧き出る強い思いには勝てなかった。僕は1年以上も経ったこのときでさえも、ジョイの呪縛からとき放たれてはいなかったのだ。そして、忘れていたはずの記憶たちは、タイという魅惑の空間によって再び呼び起こされた。

僕は酒をあおり、自分を泥酔状態にすると、ある晩、思い切ってジョイのバーへと足を運んでみた。「あっ、ヒロ~~!!久しぶり~~!!」。あのとき、ジョイと過ごした空間にいた、ジョイの友達の面々…。僕はすぐに辺りを見回した。やはり、そこにはジョイはいなかった。

「ジョイは、あるイングランド人と結婚して、イングランドに行っちゃったんだよ」。僕の表情を汲み取ったある子は僕に告げた。「あっ、や、やっぱり。いきなり連絡取れなくなっちゃったからね」。焦り声で答える。「ハンサムな人でね、ヒロと同じ年だよ」。「そっか、やっぱり俺は客の一人だったのかな…」。心の中でつぶやく。

「でも、年に何回かはタイに戻って来てるんだよ。そのときにはこのバーにも顔を出すし」。「えっ、ホント??」。「うん、でも、ヒロのことはホントに好きだったみたいよ。財布の中にはいつもヒロの写真入れてたから。この前タイに戻ってきたときも、まだ捨てずに持ってたわよ」。「えっ、えっ、じゃあ、なぜ…」。心の衝動はおさまらない。

「イングランド人の彼は、とってもいい人でね。会社経営している人で、金銭的にも時間的にも余裕があるみたい」。聞くと、ジョイが僕の前から姿を消した時期と、ジョイが店を辞めた時期は一致した。全ては当然のことだと思われた。そして、これがジョイの幸せだと思いたかった。

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あれから、何年が経っただろうか。運命なのか、僕は勤めていた会社を辞め、タイに移り住むようになった。いまだにジョイに会いたいという思いは、心の底にあったのかもしれないが、ただ日本の生活に嫌気が差したからだった。

せわしない生活。規則正しくも不摂生な毎日。つまらない上司のギャグに愛想笑いを浮かべる。妬み、嫉妬、いじめ、嫌がらせ。すさんだ社会、病んだ精神の人間に嫌気が差した。人生を変えたい。今を生きたい。とにかく、価値ある人生を歩みたい。自分の思いのままに…。そんな考えを満たす土地は僕にはひとつしかなかった。何がしたいわけでもなかった。ただ、タイという穏やかな空間に浸りたいという甘い考えしか僕にはなかった。

そして、タイに住み、時が過ぎ、、僕はタイ語を話せるようになった。以前の僕が、到底知る由もなかった、タイ事情というものに通じるようになった。一般の観光客が決して踏み入れない世界を覗いた。実際、タイには、微笑みの裏に、いろんな顔が存在していた。

知りたくもない現実。見たくもない現実。僕の中でのタイは、全く違う生き物に変化した。当時の自分と、あのときのジョイを検証してみる。いろいろな事実が、僕の中で浮かび上がってくる。そんなことを考える自分に嫌や気がさした。ただ、僕は、、僕の中のジョイは、いまだ神聖な場所にいる存在だった。

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そして、、時間は、またも過ぎていく。

ある晩、よく行く食堂で、仲間と夕食を取っていると、僕の携帯が着信を伝える。知らない番号だった。「Hello?」。電話に出る。「Hello...Hiro?」。聞き覚えのある声だった。「You Jo,,Joy???」。以前、ジョイの友達に会い、渡していた番号がジョイの元に渡ったらしい。以前のように英語で話しかけてくるジョイ。懐かしい声。

「今、パタヤに戻ってきているの…、なぜだか分かる?」。ジョイは僕に伝える。「えっ?えっ?ホント?」。「今日は何日??」。時計でその日の日付を確かめる。「あっ!!」。2日後はジョイの誕生日だった。「ジョイ!今、どこにいるの?」。あのときの思い出が鮮やかに蘇ってくる。

「ヒロ、タイ語しゃべれるようになったんだね・・・」。なぜか悲しそうに告げるジョイの声。ジョイの中での僕は、あのときの僕、、片言の英語で会話する僕のまま止まっているのだと思われた。

「I wanna see you..Where are you now?」。再び、英語で聞き返す僕。僕はタイ語を話せるのに、なぜかそのとき、わざと片言の英語でジョイとの会話を進めた。僕は今の自分を必死にあのときの自分に戻そうとしていた。

今の僕。当時の僕。僕はどちらの僕でジョイに会えばいいのだろう。タイ事情に慣れてきたとは言え、いまだ僕の中のジョイは、あのときのまま、神聖な存在だった。僕はどういうふうにジョイに接すればいいんだろう。ただ、今、ジョイは手の届くところにいる。会えるところにいる。

思考は止まらない。

あのときの記憶は更に鮮明に蘇ってくる。

今の僕、ありのままの僕でいこう。

そして、僕はジョイに告げられた場所へと歩を進めた。

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