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レディボーイとトムボーイ、時々ゲイ。

投稿日:2012年9月14日 更新日:

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それはある週末の出来事だった―。いつものようにタイ嫁は田舎に暮らす母親との長電話。お互いの近況を報告しあうように、週に何度も連絡を取り合うタイ人をよそ目に、僕は、「全く家族愛(絆)が強い民族だな・・」とか、「全くどーでもいい会話を長々と・・」とか、一喜一憂することになるのだが、ただ、それだけファミリーが親密に繋がっているだけあって、それに呼応するように、適度な割合で厄介事とか面倒な事態にも巻き込まれることになる。そして、その大体は金とか情に絡むような問題である。だから、嫁が長電話を終えた後の「ちょっと聞いてよ・・」は、その声色によって「また何事か?」という話になってくるわけだが、今回もまた全くもってタイでしか起こり得ない物語のような現実を垣間見るのであった。

「従姉妹のダオ(仮名)が行方不明らしいのよ。金曜日の学校から帰って来ないまま、翌日土曜の夜になってもまだ。二日も帰って来ないなんて今までなかったことらしいし、近所の友達に聞いて回っても皆行方を知らないと言う。さすがに何か危険な目に遭っているのかもしれないと、先ほど警察に捜索依頼を出したところ・・」だという。僕も知っている女の子だが、聞くともう14歳。そして14歳の可憐な娘とくれば、まさかレイプか?とか、どこかに連れ去られて売られたのかも?などといった不安が駆け巡る話であるが、実はダオちゃんは14歳にして100キロを超える巨漢娘で見た目も関取級。

そんなわけで、僕も興味の対象として、よく嫁に彼女の近況を聞いたりしていたのだが、事情を聞いた僕の印象としては「彼女を狙う男がいるのだろうか?」という実感だけであった。いや「デブ専かも?」。でも彼女は歳の割に腕っ節も強い。「まさか彼氏ができて駆け落ち?」。嫁は家族親戚と四方八方に電話をかけ、自分ができる限りの捜索活動を繰り返している。そして、僕は、ただ、「あの巨漢娘だけにレイプはないだろう。まあ、14歳と多感な時期だし、タイの田舎の若者だけに、男でもできて恋愛ごっこに耽ってんじゃあなかろうか・・」などと、事態を冷静に推察するだけであった。

そして、金曜の学校帰りから家に戻ってこない巨漢娘ダオちゃんは、結局、土曜、日曜と全く連絡をよこさないまま、彼女の携帯の電源も切られた状態のまま、消息不明の事態は週明けを迎えた。そして、月曜日の夕方、いつものようにダオちゃんは家に帰ってきたのだった。学校にもきちんと登校してきたらしい。やはり男との甘い週末逃避行だったのだ。迷惑をかけた両親、警察にも全く悪びれた素振りを見せず、ただ押し黙る彼女。高齢の両親の間に生まれた子供だけあってブクブク太り甘やかされ育ってきた彼女。お転婆者の巨漢娘ゆえ問題事も多く、同性の友達も少ない。そんな話を聞かされていた僕は、あのダオちゃんに彼氏が出来たなんてまったく良かったじゃあないか!と嬉々とするばかりであった。しかし、事の真相を問い詰められ、ようやく白状したダオちゃんの真実は、「バンコクまで先輩トムボーイに会いに行っていた」という衝撃の破廉恥逃避行なのであった・・。(唖然)

そのトムボーイ君(オナベ)はバンコクの歓楽街で働いているらしく、同郷者ということだから、田舎に帰ってきた時にでも口説かれたのか。それともダオちゃん自身トムボーイの仲間入り?今後はトムボーイ人生を歩むべく社会勉強でもしに行っていたのか。だが、近所の友達に口を割らせたところ、どうやら、そのトムボーイ君は現在ダオちゃんの彼氏ということらしい。実は14歳と多感な時期を迎えたダオちゃん、最近は化粧にヒラヒラの可愛い洋服にと女性を意識した言動を見せていたらしく、ちょうど乙女な純情時期を迎えていた頃合、トム君が接近し優しく口説き落としたというわけだ。そして、実際この週末に何が起きたかは若い当事者二人にしか知る由はないのだが、彼女が同性好きに目覚めたであろうことは予測可能範囲である。そして、周りの大人たち(タイ人)の反応はと言えば、あーだこーだと取り留めもない意見が交わされ、結局は笑い話に転化されつつ、最後には寛容な態度で事態は収束へ向かうのであった・・。(ホロ苦)

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似たような話で、タイ嫁の従兄弟に同じく14歳の男子がいる。彼は幼い頃から賢くて学校の成績も良好、性格も素直で容姿も淡麗だから女子にもよくモテるという将来を約束されたような男児であった。しかし、両親が希望する将来はターハン(軍人)にという思いも儚く、凛とした男前であったはずの彼は(ふと気がつくと)年を重ねるごとにナヨナヨし、女友達ばかりと遊び、家では人形を集めるようになってしまった。そして最近では、どうやら化粧も覚えたらしく、不安気に彼を見守る両親を尻目にお尻フリフリ、まさにレディボーイ(ガトゥーイ・ニューハーフ)街道を順調に進んでいる様子とのことである・・。(予測不可)

「いったい、なぜ、そんなことになってしまったんだ。周りの女友達が優しく接しすぎたから?同性の男たちからの差別の目は?いじめは?」。嫁の答えは簡潔だった。それは、ただ、小中学校でもすでにガトゥーイな派閥(集団)がそこかしこに存在するという現実であった。女っぽい男の子は自然と同じ者同士寄り添い、または先輩ガトゥーイからスカウトされる。可憐な女の子は甘い言葉を囁くトムボーイから口説き落とされ、いつのまにやらレズビアンへ。そんな大人びた?奇妙な世界がタイの小中学校の段階で堂々と存在するのである。そして、それを寛容に受け入れる土壌、価値観が公然とタイ国内に根付いているということでもある。

僕が日本の田舎で中学生をやっていた頃を思い返し比較してみても全く考えられない世界。ただ、タイ人にとっては、山岳民族にいろんな種類があるように、レディボーイもトムボーイもレズビアンもゲイも種族のように人間を分けた場合のカテゴリーの一つ、いや今世を生きる上での人生の選択の一つといった感覚なのかもしれない。特に仏教国で生きるタイ人が輪廻転生を信じているならば、そこにある究極の果ては悟って解脱して今世で輪廻を終えることであり、もし来世を考えたとしても、そこに子孫を残すとか一族のためにといった観念は別の話なのだ。だから総じて言えば、タイ人は家族を大事にする人々だが、それ以上に己の本心(本能)に素直に忠実に生きようとする民族だと言えるのかもしれない。(多分)

また、ミスティファニーコンテストなんかで出場者インタビューを聞いていると、幼少の頃からガトゥーイ一筋だとか、両親も応援(資金援助)してくれているだとか、とにかく若い時から環境が整っている様子。人気者はモデルや女優にもなれるし、最近ではエアホステスとか。その辺の銀行やデパートでも当然のように市民権(職場)を獲得している。ただ、だからこそ屈強な肉体のチャンピオンに憧れムエタイを始める子供がいるように、田舎に里帰りした美しいオネェに憧れレディボーイに目覚める子供がいても何ら不思議ではないという単純な話なのかもしれない。とにかく、それほど公然であり、もはや自然体なのである。

つい先日も、近所のスーパーで明らかにトムボーイ&レズビアンなカップルを見かけたが、興味本位でじろじろ眺める僕に対し、ショートカット・ブラックジーンズでキメたトムな彼?は、清楚なサラサラロングヘアー彼女の肩へと手を回す。そして、これ見よがしにイチャつくように肩へと回された手は、その後、彼女の腕~腰を優しくなで回し、最後はお尻へ。そして、お尻をナデナデしたトム君、締めは中指を突きたて、彼女の重要部分へとコチョコチョいたずらした後、二人は微笑み寄り添う始末であった・・。(しかも歩行しながら)ああ、なんて破廉恥な。まさに官能小説に出てくるような言動、場面を目の当たりにし、タイ嫁は「ナーキアット(みっともない)」と眉間を歪めながらも結局はケタケタ笑って終了。

そんな苦い笑いの場面もタイでは日常茶飯事な日々の1ページに過ぎないのである。以前、トムボーイと付き合ったことがあるという元レズビアンにも話を聞いたことがあるが、全く興味はなくても、徹底的に甘い言葉で口説かれると、コロッと流されてしまうらしい。初めは優しいお姉さんのような感じなのか。そして、とにかくトムボーイは母性というのか父性というのか優しくて頼りがいがあるのだという。タイの人口は男女比率が1:2なんて話もあるが、その不安定なバランス感によって新しいタイプ(価値観)の人々が創造されるなんてこともあるのかもしれない。世界各地の古代文明なんかでは、両性具有とか身体障害者を神の使いとか、崇める対象(偶像)みたいな宗教観があったりするが、バランスの狭間で生きる曖昧な人々だからこそ、実は男女どちらの性質も兼ね備えた特別な人間であると言えるのかもしれない。

昨今の不況続きの日本、テレビのバラエティー番組では、お笑い芸人にオネェと呼ばれるオカマ(ニューハーフ)を見ない日がないほどの勢力図だ。そして、彼ら(彼女ら)は様々なタイプの出演者の中でちょっとした番組のスパイス(刺激剤)として使われていることが多い。それは言い換えれば、どんな会話でも彼らに振れば何かしら奇想天外なオチの役割を果たしてくれるだろうという強烈なキャラみたいな扱いでもある。そして、ただ人々は笑ってその場を満足するのだ。だから、結局、彼ら(彼女ら)は我々現代人の中和剤としての役割を果たしているからこそ、人々は和み、ただ彼らを暖かく受け入れる。そして、それは情報社会、精神社会が進化した現代人ならではの曖昧な産物(存在)なのかもしれない。

何だかよく分からんが、どうにも時空を超えたような感覚の人々なのだ。そして、人間には男女それぞれ男性性と女性性の性質が備わっており、そのバランス感覚を極めれば悟りの境地に近づくなんて精神哲学もあるが、ま、とにかく、レディボーイにトムボーイに時々ゲイ。彼らを寛容に受け入れる社会は全く平和の象徴であり、実は最新(理想)の民主主義の形なのかもしれないとも思う。だってそうだろう。人類は進化し創造するために生き続けているという名の資本主義経済にとっては、子孫を考えない同性愛者はまさにエイリアンのように一族を絶やしてしまう恐れがある異端な存在なのである。(言いすぎか・・汗)

と、、何だかまたもや妄想が誇大しすぎて、ワケの分からんアヤフヤな散文となってしまったが、人生にも人間にも自然にしても曖昧でアヤフヤな部分があってこそ成り立つのがこの世の中、宇宙の法則なのである。とか何とか、あやふやな締めでオチてみることにしてみよう。(いったい何の話だ・・)

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