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恋のカラクリドール―南国待ちぼうけ慕情 【後編】

投稿日:2013年7月6日 更新日:

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翌日、再びサダコのいるゴーゴーバーへ足を伸ばすと、彼女は「昨日の酒がまだ抜けなくて、今日はマイサバイだ(体調が優れない)」と言いながら僕らの座る席へ近寄ってきた。そして、「今日は酒を飲みたくない」とこぼしながらも、しっかりレディードリンクのコーラを強請ってきた。昨晩のアドバイスは全く彼女に届いていなかったのかサダコは相変わらずのバッチリメイクで飛び出るつけまつげが主張してくる濃厚な装いに変わりはなかった。そして、昨日散々彼氏の話も聞いたし、もう話す会話も別段あるわけではなく話そこそこに酒を嗜み、店内の雰囲気に浸っていると、サダコが突然、「今日は機嫌が悪いのか?」と僕に尋ねてきた。

「いや、別に普通だけど、なんで?」。「ワタシ、今日の髪型おかしい?」。「はぁ?なんで?」。「いや、今日はあんまり話してくれないし、機嫌が悪いかなと思って・・」。「いや普通だし、何、髪型って?」。「ワタシ、カミガタ、ヘン?」。「いや、いいんじゃない・・」。彼女の髪型が昨日と変わっていることなど全く気にも留めていなかったが、言われてみれば髪の縛り方を少し変えたような気もする。いや昨日は髪を下ろしていて今日は結っているのか。

ただ、そんなことはどうでもよく、僕はとにかく、彼女が僕の機嫌をうかがうような表情で話し、勝手に僕の機嫌が悪いと訝しがり、その理由をなぜか自分の髪型へ転化させる話の流れに違和感を覚えた。そして、そんな僕の怪訝な顔つきすら敏感に汲み取ってしまったのだろうか。それを自分のヘアスタイルへの返信だと勘違いしたであろうサダコは、壁際の鏡に擦り寄ると、何度も何度も執拗に髪をいじりながら、周りの目など全く気にする様子もなく、一心不乱に今日、そして今の自分の確認作業を繰り返すのであった。「ワタシ、カミガタ、ヘン?」。自分に自信がないのだろうか。前日から目についてはいたが、ふと気がつけばソファー後ろに張られた壁一面の鏡を振り返り、幾度となく化粧と髪型チェックに余念がない彼女の行動は僕の中で違和感から異様なものへと変わりつつあった。何だか気味が悪い女だなぁ。

そして、しばらくすると、サダコは僕に向けポツリと一言つぶやいたのだった。「日本人はチャオチュー(浮気者)だ・・」。「はぁ?また、どうしたんだ急に」。不安そうに語る彼女の表情は海の向こう日本にいる彼氏への慕情そのもので同時にじめじめした哀愁すら漂わせている。そしてサダコは自分が如何ほど彼氏のことを愛しているかを再び語り始めると、南国で一途に待ち続けている健気な自分の境遇を憂い、それでも彼は分かってくれない、いや、日本人のことが分からないと不満ありげに本音を漏らし始めた。

僕は彼女に対し昨日からずっと感じていた違和感を正直に伝えた。「君は何か重いんだよね、彼への愛情が深いのはいいけど、それはイコール愛情が重いとも言えるわけで。君が最終的に彼との幸せな結婚というゴール(将来)を思い描いているかどうかは知らないけど、とにかく彼は君からの愛情に束縛感を感じていて、まだ自由でいたいという気持ちもあるのかもしれない・・」。それでもサダコの主張は一貫していた。「彼はワタシのことを分かってくれない、ワタシのことなんて何も考えてくれてないんだ。彼はチャオチュー(浮気者)だし、日本にも女がいるに違いない・・」。自分は彼のことを精一杯考えて愛情深く尽くしているのに、その思いを彼は汲み取ってくれないし、要は愛の見返りが少ないという嘆き節である。そして、そんな思いはやがて猜疑心へと転化し、最後には他に女がいるに違いないという悲劇的な妄想へ終結していく。

サダコは続ける。「ワタシは彼のために何でもしてあげるし、いつも一緒にいたい。彼が望むなら夜遊びに出かけても不満も言わないし、何でも寛容に許して尽くしてきたのよ。どこが悪いの?」。「ていうか、それが悪いんじゃないの?何だかミアノイ(愛人)っぽいというかさ。日本人の男は釣った魚にはエサを与えないみたいな妙な話もあるけど、尽くしすぎたり甘やかしすぎたら逆に何でもOKになって安心してしまって、新鮮味や刺激がなくなるというか物足りなくなるというか、男によっては都合のいい女にされる危険性もはらんでいるというかさ。ベタベタ甘え過ぎたり、自分を愛しているかを執拗に尋ねたり、彼の行動を逐一チェックすべく一日に何度も連絡を取りたがるとかさぁ、そういうのが嫌いな男も多いからね。で、彼氏とは毎日のようにメールとか国際電話とかしてるの?」。

すると彼女は突然、感極まったように両手で顔を覆いその場にうずくまると、とたんに席を立ちトイレへと駆け込んでいった。「いったい、どうしたんだ?あんた、彼女を泣かせたのか!?」。周囲にいたレディー、ウェイトレスたちが怒り半ばの形相で疑いの目を向けてくる。「いやいや、彼女の日本人彼氏の相談話に乗っていただけなんだけど、突然、泣き出しちゃってね・・」。「あんた、何を言ったんだ!!」。「いやいや、だからさ。。」 すると直ぐにサダコは化粧室から戻ってきた。「ごめんなさい、ちょっと涙が出てきちゃって・・(苦笑)」。ゆがんだように不自然な微笑で彼女は答えたがその口調に力はなかった。そしてサダコはか細い声で再び口を開くと「もう2週間以上も彼と連絡を取っていない、いや、彼が電話に出てくれないの・・」と嘆き、、ふと何かを決意したような顔を僕へ向け、二杯目のレディードリンクにとテキーラを強請った。

酒でも飲まないとやってらんないわ!とでもいったところなのか酒が弱いくせにショットグラスを一気に飲み干したサダコは「電話してもメールしても全部無視されるの。それでもう2週間、、ワタシのこと嫌いになったのかな、他に女でもできたのかな」と愚痴をこぼし、「最近流行のSNSで彼の行動が確認できるので書き込みコメントを残したりして彼に呼びかけているがそれも全てシカトされているの」と恨めしそうに語った。僕にはもう返す言葉が見つからない。

「ところで、それはどんな内容のメールを彼に送ってるの?」。只ならぬ会話の様相を隣で見守っていた在住の友人がサダコに声をかけた。サダコはテキーラが体内で回り始めたのか語気を荒げて「日本で他に女がいるんだろう!的な妄想嫉妬メールや憤怒の連続電話を連日繰り返しているが彼は全く電話に出てくれない!」と一気にまくし立てた。友人は優しく彼女を諌めるように、「ダメだよ、それでは彼も電話に出たくなくなるよ。ここしばらくあなたと連絡が取れないから病気か事故にでも遭ったんじゃないかと心配してるの・・とかさ。とにかく先ずは連絡を取れるようにすることからが重要で、二人は7年以上の付き合いなわけだし、一方的に無視されて捨てられるような仲でもないわけでしょ。だから作戦変更して優しく語りかけるような内容のメールでも送ってみたらどうかな?」。

すると、友人の的を得た意見に同調したのか、サダコは幾分感動したような面持ちを見せ、「もう一杯、最後にテキーラを飲んでもいいか?」と三杯目のレディードリンクを強請った。バンコクで7年以上も一緒に暮らし愛を育んできたという二人だったが、それは本当の愛だったのだろうか。彼はサダコが言うように実は浮気者で彼女のことを都合のいい女(現地妻)ぐらいにしか思っていなかったのだろうか。それとも、僕が実際サダコと接して感じているように、根は真面目で純粋な彼女だが、時折見せる情緒不安定な言動と深すぎる愛情の重さに彼は辟易しているのだろうか。

20代後半、一般的に言えば、すでに結婚適齢期を過ぎ、もう三十路になろうかというサダコの立場になってみれば、彼との7年はイコールそろそろ結婚してもいい頃合である。いや、逆に7年も一緒に暮らして結婚していない方がおかしいとも言える。彼にとっては結婚を考えるような女性ではないということなのだろうか。別に僕にはどうでもいいことだが、話を聞いてしまった以上、7年も付き合って最終的にシカトされて捨てられるとしたら、彼女が不憫でしょうがないというか、20歳そこそこから7年間一番女性が麗しく美しいとされる時期を独占してきたのに、その責任感の欠如というか男として解せないというか、彼女に同情的な感情を抱いてしまったのは確かだった。

聞くと、サダコにとって日本人の彼氏は生涯二人目の男で、初めての彼はもちろん若かりし田舎時代のタイ人男。それでも結婚することも子供を身篭ることもなかった彼女は成人すると家計を助けるためバンコクに出稼ぎに出て日本人の彼と出会った。そしてずっと彼の隣で愛情深く尽くしてきたのだ。しかし幾ら僕が彼女に同情してみても、それは全く意味のないことで真実は二人にしか分からないし、結局のところ、その答えは時間が解決するだけである。そして二杯のテキーラショットで最早酔いどれになりつつある隣のイサーン娘、じめじめした雨季と重なるように陰鬱そうな女の表情、そして彼女の彼へ対する強い愛情、ずっしり重く絡みついてくるような根深い愛情、慕情、情念、、といったイメージたちを頭の中で整理していると、ふとある思いが脳内に駆け巡った。

「君さぁ、イサーンの××地方出身だってことは田舎でブラックマジックとかあるんじゃない。恋愛コントロールとか意中の相手と結婚できるとかいう、あの黒魔術的なヤツ。結構、有名な人はすごい効力があるとか言うじゃない。彼に対する君の深い愛情、情念、まさにそれっぽいけどねぇ・・なんてさ」。すっかり泥酔し幾分機嫌も良くなってきたサダコに冗談半分で告げると、彼女は一瞬空中の一点を見つめ何かを考えるような表情を見せそして何の言葉を発することもなく、ただ、「フフフ・・・」と冷めたような目をして笑った。泣いて怒っていろいろ話して酔っ払って早や数時間、ひと段落着いたのかようやくサダコは落ち着きを取り戻した様子を見せたが、それはどちらかと言えばアルコールで思考を飛ばして目先の快楽へと自らを開放しているようでもあった。そしてついには酔いが勝ってしまったのか、サダコは泣きの一杯、最後のテキーラを強請り、しょうがねぇなと渋々了承すると、嬉々として喜び、「今日は良い日だワ!」と満面の笑顔を見せた。

彼女の中で何か解決策でも見つかったのだろうか。さっきまでメソメソ愚痴ばかり吐露していたサダコは酔いに身を任せ今ではご機嫌最高潮を迎えている様子。実はテキーラを飲んだのも今回が生まれて初めてで、こんなに酒を飲んで酔っ払ったのも初めてだという。それにしても、こんなに酒に弱いタイ人も中々珍しい。「田舎時代、タイ人彼氏とは酒飲んだりしなかったの?」。僕が尋ねると、「タイ人の彼はお酒好きな人だったわよ。でもワタシは嫌い」とサダコは答えた。そして何かを思い出したようにポツリつぶやいた。「初めてのタイ人彼、DVする人だったの・・」。「そ、そうなんだ・・・」。意表をつく言葉に一瞬、気持ちがどこかへ飛んでいきそうな感情に捕らわれたが、ふと我に返り、これまでの流れをあれこれ思案すると、全てのピースが一つにまとまり合致したような気がした。純真、純愛、愛情、慕情、情念、情緒不安定、酒、DV男。卵が先かニワトリが先か、彼女にとって何が原因で結果かは分からない。ただ過去のトラウマが彼女の中に存在することは確かだし、今の彼女を形作っている一つの原因(要素)でもある。

結局、僕にとってのサダコの印象は冷めた目線で見れば、従順に尽くす女、都合のいい女、貢ぐ女(&ヒモ男)、ミヤノイ(愛人)タイプといった幸が薄そうな女のイメージで覆いつくされ、それと同時に同情心を根こそぎ持っていかれるような哀愁のオーラがどんより辺りに立ち込め埋めつくしているようでもあった。「今日は最高の日だワ!」。何か吹っ切れた様子のサダコはすっかり泥酔した様子で、腰をくねらせノリノリセクシーダンス、一心不乱に髪を振り乱し妖艶な表情を見せつける。そして、近くにいた年下のレディーたちに対し先輩気取りで「このあと仕事が終わったら飲みに行くから皆付き合ってよ。だって、ワタシは今日、楽しいのよ!今日は最高よ!オホホホホホーーーッ!!」と狂喜をにじませた形相で高らかに笑い踊り狂うのだった。

サダコの厚化粧顔は溢れんばかりの熱情を帯びた満面の笑みに包まれていた。だが同時にその表情の奥底からは何か得体の知れない空虚な世界が見え隠れしているようでもあり、彼女が舞う姿は何者かに魂を奪われ支配され操られているからくり人形のようでもあった。(完)

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