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真のマリッジブルー―娼婦の悲しい実情

投稿日:2004年2月1日 更新日:

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「私は本当にこの人と結婚していいのかしら…」。日本において、結婚を間近に控えた新婦が、自らの将来に不安を感じ、少なからずも陥ると言われるマリッジブルー。これは大学を出て、初めての就職、大人の世界に仲間入りした若者が陥る5月病にも似ている。言わば、短期間の精神的な病だ。しかし、ここタイ、夜の世界での意味は全く違う。彼女らの陥る「マリッジブルー」とは、我々の想像を絶する意味を含んでいた。

これは、あるパタヤ娼婦の物語である。彼女の名前は、エン(仮名=28歳)。タイの中でも最も貧しいと言われるイサーン地方は、ウドンターニーの出身である。彼女は、18歳の時、愛するタイ人男性との間に子供を二人身ごもった。しかし、結婚当初は、いい人だったはずの彼も所詮は、その辺のタイ人男と変わらなかった。

結婚も半年を迎えると、彼は仕事もろくすっぽせず、酒にまみれ、浮気もし放題。そして、タイ人男女にはよくあることだが、もちろん二人は正式な籍など入れてはいなかった。エンは、結婚して1年と持たずに彼の元から離れたのだった。しかし、貧しい家庭に育ち、更には、まだ小学生にも満たない弟二人を持つエン。この環境に、子供二人は痛手だった。もちろん両親には、その全てを養う経済力などあるはずもなく、エンは、知り合いを辿って、パタヤでの娼婦業に身を投じることになった。

根っからの愛くるしさと、明るい性格。それに加え、誰もがうらやむ身体を持つエンにとって、客を取ることは容易だった。彼女は、仕事を始めて一ヶ月もすると、働くバーでの稼ぎ頭となった。イギリス、アラブ、フランス、オーストラリアと、世界各国の男達が、彼女の魅力に酔いしれ、金を振りまいた。しかし、エンの心の中には、「もう人を愛するという気持ち」 はなかった。いくらハンサムな欧米人が言い寄ってこようとも、、いくら金持ちの富豪が言い寄ってこようとも、彼女は頑なに彼らとの結婚を拒んだ。

それが、男達の闘争本心に火をつけた。彼女を巡って、毎晩のように繰り広げられるエン争奪戦。そして、その中から選ばれた男達は、彼女と魅惑の一時を過ごし、母国に帰ってからの彼女への送金など、当然の行為。エンは、半年もすると、10人近くにも上る常客を確保していた。。彼らからの送金は全部で10万バーツ以上にも上り、もちろんのこと家族への仕送りも十分。バーで働く他の女の子達からのたかりも日常茶飯事だった。しかし、彼女は心の中に、何か物足りなさを感じていた。それは、自分が過去唯一気持ちをささげた男への 「愛」 だった。

毎晩のように繰り返される営業スマイル、知らない男に身を任せ、自分の気持ちを偽った擬似恋愛の毎日。仕事と割り切って始めた世界だが、娼婦歴も1年を過ぎた頃になると、彼女の精神状態はボロボロになり、手にしたお金で、酒を浴びては、男遊びを繰り返す日々が続いた。そして、そんな彼女の前に、一人の旅行者が現れた。

彼の名前は、ケン(仮名=21歳)。日本人の彼は、日本で某大学に通うラグビー青年。就職前の卒業旅行にと初めて、南国タイに降り立ったのであった。彼のパタヤ滞在目的は、バンコクから最も近いビーチリゾートであるということ。もちろん彼は、バービアの存在など知らなかった。昼間はビーチでのんびりとくつろぎ、ホテルに戻り一寝入り、そんなパタヤ滞在数日を過ごしていた彼だったが、ある日、お酒でも飲もうとホテルの前のバービアに足を運んだのがエンとの出会いだった。

ケンは、バービアの存在、そして、そこで働く女の子達の存在を何となく気にはしていたが、「まさか、バーの女の子をお金で連れ出せる」など思ってもいなかった。彼は、バーに座ると、ハイネケンを注文した。。周りに座る客達は、年老いた欧米人ばかり。21歳と若く、しかもラグビーで鍛えた褐色の青年にバーの女の子達は、すぐに興味を示し、われはわれはと言い寄ってきた。「名前は何?」、「どこの人?」、「歳はいくつ?」。意味の分からないタイ語と英語で仕切りに質問を繰り返す店の女の子達。

「何なんだ、この子らは?」。全く意味の分からなかったケンだったが、酔いも回ってくると、それが心地よい空間へと変わっていった。そんな折、一人の女性がバーへと現れた。エンだった。彼女はすでにショートタイムを終え、バーに戻ってきたところだったが、客からおごってもらった酒で、彼女はすでに泥酔状態だった。ケンとエンは、そのとき特に話す機会もなく、ケンは2時間ほどをバーで過ごした後、ホテルへと帰館した。

ホテルへ一時戻ったケンは、シャワーを浴び、テレビを数時間見たあと、小腹も空いたことから、再び部屋を出た。そして、近くの屋台で軽い食事を取っていたとき、泥酔状態のエンが店に入ってきたのだった。「あっ、あれはさっきのバーにいた子だ」。エンもケンのことは覚えていたらしく、ケンに微笑み、隣の席へと移動してきた。二人の会話は、片言の英語でだったが、ケンは日本でのこと、タイ旅行の理由パタヤに来たきっかけなどを彼女に話した。そして、バービアのことを何も知らない彼に、エン自身、興味を示したのだった。

「あなたみたいな人もパタヤに来るんだね」。彼女の身体だけを目的に、言い寄ってくる他の観光客と違って、ケンは彼女にとって、とても新鮮だった。酔いも手伝って、その日、エンは自分の住むアパートにケンを誘った。下心がなかったと言えばウソになるが、ケンは心よく彼女の誘いを受け入れ、二人は一晩をともにした。

そして、その翌日。昨晩、彼女からバービアの仕組みなどを知らされていたケンは、彼女のアパートを出る際、財布から1.000バーツ札を一枚取り出しこう告げた。「これぐらいしかあげられないけど」。「そんなのいらない。その代わり私を日本食レストランに連れてって。知ってるお店があるんだけど、まだ行ったことないから」。

その日を境に、二人は、ケンの滞在期間の一週間全ての時をともに過ごした。二人は、彼女の働くバーにも足を運んだが、その間、全てのペイバー代(連れ出し料金)は、エンの財布から支払われた。彼女は、売れっ子だったため、文句を言う店の子などいなかった。エンの中に、再び、人を愛するという気持ちが芽生えはじめた。しかし、ケンは、ほどなく帰国の途に着いた…。

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ケンは、日本に帰ってからも週に何度かの国際電話を繰り返し、彼女とのメールのやり取りは、ほぼ毎日だった。しかし、それも3ヶ月が経つと疎遠となり、半年が過ぎた頃になると、彼女からの連絡も、まちまちという状態になった。就職活動真っ只中の大事な時期だったが、彼は意を決して、再びタイを訪れた。

「半年ぶりのエン」。「彼女はどうしているだろうか」。今回は、彼女のためだけに訪れたタイ。もちろんケンの頭の中には、エンとのいい思い出しかなかった。彼の世界(タイ)は止まっていたのである。しかし、彼女の周辺はめまぐるしく変わっていた。

ケンは、バンコク国際空港に降り立つと、その足で、パタヤへ。前回と同じホテルにチェックインするとすぐに、エンに電話した。しかし、彼女の返事は、彼の想像を覆した。「今、お父さんが病気で田舎に戻っているの・・・」。愕然とした。「パタヤには戻ってこないの?」。「当分、戻れそうもないわ、ごめんなさい」。「俺は、いったい何のためにタイに戻って来たんだ」。ケンは、エンの働くバーに赴くと、彼女の実家の住所を聞きだした。「彼女に会いに田舎に行こう!」。

次の日の朝一番、彼は彼女の住むウドンターニーへと足を運んだ。そして、タクシーを乗り継ぎ、モトサイを乗り継ぎ、何とか、彼女の実家を見つけることが出来た。しかし、そこには、見たくもない光景が待ちうせていた。エンと戯れる二人の子供。そして、その脇には、なぜか年老いた欧米人一人。

そして、ケンを見つけたエンは、信じられないといった表情とともに、申し訳なさそうに彼に近づいてきた。頭の中がパニックだった。「この子は誰?」。「この欧米人は誰?」。ケンの頭の中から次々と出てくる疑問の数々。まさか、彼女に子供がいるなど思ってもいなかった。そして、エンは彼を木陰に連れて行くと、その重い口を開いた。

「あなたの思っている通り、あの二人は私の子供。もう離婚したけど、前の旦那との間に出来た子供なの」。でも顔立ちは二人ともアジア人。「あの欧米人は誰なの?」。「あれはお客さんよ。彼、とってもいい人で、私の子供のことも理解してくれたし、来月、私は結婚して、彼の住むイギリスに行くつもりなの」。「えっ!(汗)、えっ!(汗) 何??」。何がなんだかさっぱり分からない。

「私、ケンのこと好き。愛してる。でも、これが私の現実なの。私は田舎の人間。子供を養うためには、家族みんなの生活を考えるなら、彼と結婚するしか方法はないの。ごめんなさい」。そして、エンは涙を浮かべ、ケンの元を去って行った。一人ポツンとたたずむケン。そして、彼は、予定の日にちを早め、翌日の便で日本へと帰国した。日本に戻ってからも、ケンは抜け殻のように何をするにも気力がなく、もちろん、就職活動は失敗に終わった。

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それから、1年が過ぎ、ようやく正気を取り戻したケンは、晴れて就職先も見つかり、新しい社会の中であわただしい毎日を送っていた。「また久しぶりにタイに行ってみるか」。就職元年、夏休みを利用しての再訪タイだった。エンとの失恋にもようやく整理がつき、気持ちも晴れやか。彼女との事も頭のなかでは、すでに思い出の1ページとなっていたケンは、懐かしさも手伝って、再びパタヤに足を運ぶことにした。

「ああ、こんな通りだったよな」。「この店にエンと行ったっけ」。などと、現地に来れば思い出も鮮やかに蘇る。エンがすでにイギリスに行って、結婚生活をしていることは承知だったが、彼は、パタヤ初日のその晩、彼女の働いていたバーに行ってみた。

「あぁ~!ケン、久しぶり~」。「元気~?」とバーには懐かしい女の子達の顔ぶれが。ケンも心地よくその場の雰囲気を楽しんだ。そして、1時間が経ち、酔いも回ってきた頃、エンと同郷で、最も仲の良かったルイ(仮名=22歳)がおもむろにケンに話しかけてきた。

「まだ、エンのこと好き?」。「えっ、うん。好きだよ。本当にあの時は、落ち込んだけど…(苦笑)」。「実は、彼女(エン)、つい一ヶ月ほど前、タイに戻ってきたの。もちろん、一時的にだけど。彼女、あなたのことずっと話していたわ。今でも本当に愛しているって」。

「でも、彼女はイギリス人の彼と結婚して…」。ケンは戸惑いながらも告げた。「彼のことなんて、本当に愛していないわ。でも田舎の家族、彼女の子供を養うには、これはどうしようもない選択なの。どうか彼女のこと分かってあげて」。彼は、胸が苦しかった。「エンは、まだ、僕のことを愛していた」。しかし、どうすることも出来ない現実。

そして、ルイは、最後に彼に、こう言ったのだった。「こういう仕事を選んだ私達の間では、結婚して、海外に行くことも仕事みたいなものなの。でも、そんなの持って1年がいいところだけど…」。

ケンは、何も言うことが出来なかった。ただ、その日は、浴びるほど酒を口に運んだ。彼女の話だと、そういうバーの女の子は実際多いらしい。例えば、イギリスの法律では婚姻が成立すると、離婚時には賠償金と子供の養育費を夫に請求できるとの事だった。

もちろん、ほとんどの場合、その子供はタイ人のため、母親の元へ戻されることが多い。それを知った上で、タイ人娼婦達は、数年間の結婚生活を我慢するという…。ケンは、何も言うことが出来なかった。れは今までに自分が想像したこともないような世界の中での出来事だった。

日本でいう「マリッジブルー」とは、結婚前の新婦が自らの将来に不安を感じるという、言わば短期間の精神的な病だ。しかし、ここタイ、娼婦の世界での意味は違う。彼女たちは、愛する家族のため、愛する子供のため、自らを犠牲に国際結婚という道を選ぶのだ。

好きでもない男との結婚、通じない言葉、異なった生活習慣、文化、気候、全ては田舎の家族のため。田舎に大っきな家を建てるため。そして、数年間の我慢の末、彼女たちは、一族を養う十分なお金、成功という名の文字を手にすることが出きるのである。

国際結婚、、、真のマリッジブルーはそこにある。

 

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