「あなたの愛するタイ人彼女は本当にあなただけを愛していますか?タイの歓楽街で働いているような夜の女性というものは、あなたが想像している以上に拝金主義者で金の亡者ですよ。日本の歓楽街で荒稼ぎするタチの悪いキャバ嬢みたいに、あなたのことを単なる金づるとしか思っていないのが普通ですよ。彼女にはあなた以外にも海外送金してもらっているような常客が複数人いるのがよくある話なんですよ。それでも自分の彼女は大丈夫だとあなたは自信をもって言えますか?もし、あなたの彼女も実はその類の性悪女だったとしたら、あなたはそれを許せますか?」
探偵調査のページに記載した文章は簡潔に言えば、そのような子供騙しレベルの内容であったが、その訴えかけるような問いかけ口調の言い回しは、少なからず存在しているであろう、タイ人女性にはまった男たちの恋心をピンポイントに刺激したようだ。それに日本~タイという現実的な距離感や異なる言語、生まれ育った環境、価値観の違いなどが、その言葉により説得力を持たせたとも言えそうだった。
パタヤ便利屋コムなる海外発信の如何わしいホームページを立ち上げたばかりの我々にしてみれば、サイトを訪れる数少ない人たちをターゲットにして、いかに効率よく訴えかけてアピールし、それを依頼へと結びつけられるかどうかがキーポイントだった。チープで怪しいホームページだからこそ、なんとかその言葉の撒き餌で人々の関心を引き、素性もよく分からない海外在住の我々の存在を信用させることが何より重要だと思われた。
だからこそ、僕らはどうせ如何わしいことをやっているんじゃないかと開き直らんばかりに、その怪しさを逆手にとって、半ば強迫じみたキャッチーなフレーズの宣伝文句を記載した。それはまさにエロ雑誌の片隅に踊る怪しい商品の企業広告のように…。その言葉が過激であればあるほど、とりあえずはそれを目にした人々の印象に何かしらのインパクトを残し、それがある者にとっては深く突き刺さることにもなるのだ。先ずは散々煽ったうえで、その解決手段を提案するように、問い合わせへと導いていくように…。
そして、論より証拠とばかりに、過剰な煽り文句を補足すべく、Aさんの場合、B氏の例といった具合に、自分たちがタイで生活している中で、実際に見聞きしてきた身の周りの体験談や、痴情が絡んだ他人の失敗談など、タイ人女性との国際恋愛にまつわる具体的な事例をつらつらと記載しておいた。
結局のところ、僕らの手口は、タイ人女性と恋に落ちた日本人男たちの彼女に対する懐疑心や猜疑心を執拗に煽り、不安にさせておいて、相談(依頼)へと繋げるという何ともヤクザなやり口だった。それはテロだの戦争が起きるだのと大衆の不安を煽って人民を掌握し言いなりにさせる某国家の手法にも似ていた。
そうして、探偵調査サービスを始めて、ほどなくして僕らの元には数件の恋愛がらみの依頼が舞い込んだ。僕らは自分たちに出来る限りのお手伝いをして、幾ばくかの報酬を手にした。それは安易な気持ちで始めた僕らにとって、多少の時間と身体は使うけれども、さして経費のかからない効率の良いバイト感覚といった程度のものにすぎなかった。
しかし、手にした(いや実際は一方的に客に請求して奪い取ったとも言える)報酬という名の金銭は、高額バイトという満足感以上に、僕らに(いや厳密に言えば僕に)不穏な空気をもたらした。それは調査終了後に残るシコリのような違和感とでもいうのか、どうにも釈然としない精神を蝕むような類の不快感で、何やら不吉なイメージの塊が深い心の奥底まで浸入し蓄積されていくような感覚であった。
タイ人女性との恋愛において何かしら疑念を抱いているような男たちを狙い撃ちして、恋愛相談を募り、その真相を確かめるべく、依頼人の要望に応え、お助け(お手伝い)する。僕らのやっていることは、まあ、簡単に言えばそういうことだった。そして、どんな依頼でも最終的な判断は、つまるところ依頼人の気持ち次第ってなわけで、はっきりいえば、他人の恋愛に関して相談を請け負う体で歩み寄り、諸々の事情を聞き身辺調査したうえで、我々の意見を述べる。アドバイスを送る程度の仕事だと割り切れば、探偵調査は確かに都合のいい小遣い稼ぎだと言えた。
しかしながら、自分たちの独断的な感想や意見次第で、他人の人生を左右してしまいかねない探偵業の恐ろしさ、ともすれば調査対象者から反感や恨みを買うことも十分にあり得る、といった負のイメージは僕の中で膨れ上がる一方だった。それに何より自分自身が過去に何度もタイ人女性と恋愛して失敗を繰り返しているような若輩者のくせに、他人の恋愛相談に乗れるほど偉そうな身分なのか、その責任の一端を担えるほど大そうな人間なのか、といった様々な感情が僕を憂鬱な気分にさせるのであった。
もし、あの時、僕らが関わっていなかったとしたら、あの人は今頃どうなっていたのだろうか。同じような結末を迎えていただろうか…。
国籍は違えど、要はオトコとオンナの色恋沙汰。半ば騙す目的(金)だけの女もいれば、中には当然、真実の愛を求めているような女性もいるのが現実である。本当のところは当人にしか分からない。
だからこそ、その真相を確かめるためには、調査対象となる女性の生い立ちから、友人知人、家庭環境まで、子供はいるのかとか、タイ人の彼氏や旦那がいるかもとか、彼女に関する様々な事実を一通り把握する必要がある。特にネオン街で娼婦を生業として生きているような女性なら尚更そうであろう。誰も好き好んで売春に手を染める人間などいないからである。子供を養うため、田舎の家族に仕送りするため、うら若き娘たちは都会に出てアブノーマルな夜の世界に身を投じる。
今は遊女のように手練手管を駆使して、世界各国の男たちを相手にあくどく稼いでいる夜の蝶でも、当然、昔からそうだったわけではない。どんな人間にも子供時代があり、其々の生活や家庭の事情というものがあるのだ。それに、若さと色気を武器に男たちを手玉に取っては、猫なで声で金を貢がせていく詐欺師のようなやり口も、考えようによっては、シビアな夜の世界で生き抜いていくための常套手段ともいえるのである。
つまり結局は、依頼人と調査対象者の恋愛における表面的な関係性から裏側に潜む秘め事まで、様々な事実(情報)を出来るだけ正確に収集し、真実(正解)の方向へと導くだけの経験や知識、知恵、洞察力とか冷静な状況判断能力など、調査に必要なスキルが僕らにも十分備わっているならば、れっきとしたビジネスとして成り立つのであろうが、冗談半分軽い気持ちで探偵業を始めた僕らに、そんなものがあるとは到底思えなかったし、どんな依頼でも請け負い全うするだけの責任感や覚悟があるとも当然思えなかった。
いや、相棒のリュウさんは、頭が切れる人で、行動力もあり、コミュニケーション能力にも優れ、タイ語も話せるし、タイ事情にも通じている、何事にも動じない度胸もあり、いつでも冷静沈着そのもので、金儲けのためなら、ある程度のことは割り切れるようなタイプの人間だったので、探偵の資質たるものを十分備えていると言えたのかもしれない。しかし、一方の僕はといえば、優柔不断で心配性の人見知り、何事につけてもあれこれ思考を巡らしては直ぐ他人に感情移入してしまうような繊細な性格ゆえ、どう考えても探偵に向いていないのは明らかだった。
とはいえ、探偵調査サービスを考案して始めた言いだしっぺは僕だし、どうにも気が乗らない、やっぱりやりたくないからといった個人的な理由で、せっかく見つけた金儲けの手段を簡単に捨てるわけにはいかなかった。だから、どんな依頼が来ようとも、とりあえずは頼もしきパートナーのリュウさんに判断を仰いで、自分はサポート役に徹すればよかろうと安易に考えていた。
しかし、そんな中途半端な気持ちを抱えたまま続けられるほど、探偵業は甘い仕事ではなかった。そう僕に、はっきりと確信させるきっかけになったのは、久しぶりに届いた一通の問い合わせメールだった。
それは明らかにそれまで関わった案件よりも深刻かつ厄介な問題事のようであった。しかも、タイ人女性の身辺調査に加えて、ついでにとばかりに掲載していた駐在員旦那の浮気に関する相談依頼でもあったのだ。僕はそのメールを開いて一読するなり、これはヤバイと思った。というのも、、、
「タイで見かける駐在員なんていう生き物は、日本でのサラリーと海外赴任手当をダブルで受給しており、会社からあてがわれた高級コンドミニアムに運転手つきの車、自由に使える接待経費など、金銭的な余裕が多分にあるのが常なので、大抵の者は得てしてその有り余った金で、現地にミアノイ(愛人)でも囲ってウハウハ酒池肉林のゴルフ三昧!昼間はカントリークラブでゴルフクラブを振って、夜はカラオケクラブで腰振って、と南国での駐在生活を存分に満喫しているのがよくある話なんですよ!奥さん、あなたの旦那さんは大丈夫ですか?」
なんて感じで、やっかみ半分、皮肉半分の冗談じみた内容の宣伝文句を記載していたもんだから、まさかこんな怪しげな言葉に釣られて問い合わせしてくる駐在妻なぞ、そういるはずはなかろうと高をくくっていたのだ。
それに実のところ、自分自身も男であるからには、浮気を疑う奥さん(女性側)の立場よりも、火遊びをしているとはいえやはり旦那さん(男性側)の味方でありたいというのが偽らざる本心なのである。まあ、下半身がうずくのは男の性(さが)とでもいうのか致し方ないことだから、南国での情事もバレないようにね、家庭を壊さない程度に程ほどにね、というのが男心というものなのである。
金にものを言わせて女遊びに勤しむ駐在員に対して多少妬みの気持ちがあったとしても、恨みや敵対意識などという思いは露ほどもない。だから、日本人男性を騙す性悪タイ人女の身辺調査は結構だが、同胞である日本人男性の素行調査はどうにも気が引けるという心情が本当のところだった。
そんなわけで、駐在員の浮気調査サービスなんてものを自分で考案しておいて何だが、その問い合わせメールを読んで僕はすでに後悔の念を抱いていた。ああ、ヤバイ、やっぱりこんなことやるんじゃなかったと。しかしながら、そんな僕の思いなど全く屁みたいに低俗なもので、送られてきたメールには、ある駐在妻からの悲痛な叫びと現状への苦悩がびっしりと長文で綴られていた。
タイ移住生活14年間の放浪物語―フィクション50%+ノンフィクション50%=(ハーフ&ハーフ)ストーリー