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男たちの南国物語 VO.55 探偵はバービアにいるⅡ―パタヤ商売編

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調査を依頼してきたMさんは、その後、彼女との関係を首尾よく解消させることができたのだろうか。国際結婚を真剣に考えていた幸せの絶頂から急転直下の悲惨な結末。単なる金づるとして彼女に騙されていたという現実。その失恋の大痛手から無事に立ち直ることはできたのだろうか。

日本~タイと海を越えた男と女の色恋沙汰に金の匂いを嗅ぎつけ、探偵調査なる如何わしいサービスを始めた我々であったが、とりわけ心配性で繊細な気質(たち)の僕は、初めての調査となったMさんとの一連のやり取りを終えた後も、言いようのない後味の悪さを感じていた。結婚話を餌に金を貢がせていたタイ女の裏の素顔を暴いたことは、確かに依頼主Mさんの目を覚まさせる結果となり、損害被害額を最小限に抑えて早期解決へと導いた、ある意味、人助けと言えるのかもしれない。

しかし、果たしてその行いは本当に正解だったと言えるのか。他に何かやり方はなかったのだろうか。結婚詐欺と言ってもおかしくない案件だったとはいえ、なんだか二人の運命を自分たちが少なからず操作してしまったような、なんとも言えない苦い余韻がどんより心の奥底に居座ることになった。そして、そんなモヤモヤした思いが一挙に放出するように顕著に現れたのが、その後、僕らが関わることになる案件であった。

二件目となる依頼は、些細な問い合わせから始まった。

「初めまして、突然のメールにて失礼いたします。私には現在、結婚を前提にお付き合いしているタイ人女性がいます。彼女とは1年ほど前にパタヤのカラオケクラブで知り合いました。恥ずかしながら私と彼女との間には30歳ほど年の差があります。私は全くタイ語を話せませんが、彼女が多少日本語を話しますので、普段は片言の日本語と英語でやり取りしています。さて急な話で誠に恐縮ですが、今月下旬にも二週間ほどパタヤを訪れる予定です。つきましては、その際どこかで直接お会いして頂き、食事でもしながらお話が出来ればと考えております。彼女も一緒に連れていきますので、できましたら現地に住む日本人の知人という感じで、色々とご相談できれば幸いです……」

それは調査の依頼というよりは、恋愛相談がてらの食事のお誘いといった類のもので、我々が依頼主とその彼女の二人に直接会って、彼女の真意を見定めて欲しいという相談の依頼であった。また、彼女には我々の正体を知られたくないからと、僕らは現地に住んでいる彼の友人という設定で会うことになった。

約束の当日、指定されたビーチロード沿いの屋外レストランに足を向けると、すぐに依頼主のYさんの姿を確認することが出来た。Tシャツに半パン姿という簡易的な服装ながら、ぽっちゃりした肉付きのいい中年太りの体型にウエストポーチを肌身離さずしっかり着用、それに薄くなった乱れ気味の頭頂部や、分厚いメガネといった視界に入ってくる節々が、見るからに"ザ・日本人オジサン"丸出しの印象であった。

そのオジサンが座るテーブル席の対面には、オジサンには全く不釣合いとも言えそうな派手な装いの若いタイ人女性が二人、ふんぞり返るような態度で簡易チェアに座り、トロピカルな色合いのカクテルを弄びながら、キャピキャピ談笑にふけっている。一方、会話に入っていけないのか、半ばほったらかし状態のオジサンは独り暇を持て余すように、グラスに注いだビールを何度も口に運んでいる。切ない南国でのヒトコマ、「哀れな買春親父と若い南国娘の図」といったイメージがふと如実に現れるように、その場に存在していた。

僕らは初対面にも関わらず、事前のメールでの打ち合わせ通り、Yさんの知人を装って、彼らの座る席へと近づいていった。テーブルにはすでに数多くのタイ料理が所狭しと並び、特大(大容量)のタワービールが周囲の関心を引くように存在感を放っている。僕らはYさんとタイ女性二人に軽く挨拶すると、知人という設定だけに、あまりペコペコすることはせず、違和感のないよう、くだけた感じで彼らの輪の中に入るよう努めて演技した。

Yさんの第一印象は、見た目もその話しぶりも全てがごく平凡な中高年サラリーマンといった感じで、物腰も柔らかく当たり障りのない日本人オジサンそのものであった。とはいえ、その日本ではどこにでもいそうな当たり前さが却って、南国の空間における違和感をはっきり露呈しているようでもあった。そして、その違和感の最たるものは、テーブルの対面に座るYさんの彼女とその友達の二人組であった。年の頃は見るからに20代半ば~後半にかけてといったところか。派手なメイクの厚化粧にドレス着のようなゴージャスな装い、本人たちはパーティーにでも出かけたセレブ気取りなのだろうが、いかにも水商売系お姉ちゃんの匂いプンプンの出で立ちで、それも幾分年季の入った部類であろう貫禄すら漂わせている。

二人組のお水系お姉ちゃんは、僕ら二人を見るなり、はっきりと怪訝そうな表情を見せた。Yさんが事前に伝えていたのかは分からないが、突然現れた正体不明の我々の存在を明らかに怪しく感じている様子がありありだった。リュウさんがタイ語で「自分たちはタイに住んでいる日本人で、Yさんの知り合いなんだ」と説明すると、さらに表情を曇らせた。そんな彼女たちの反応を面白がり、さらにジャブを打つようにリュウさんが今度は日本語で、「日本語はワカル?話せるの?」とはっきりした口調で問いかけると、Yさんの彼女は「スコシダケ…」と遠慮がちに日本語で答えた。

「きみたち、カラオケで働いてるんだってね?どこなの?ナクルア?店の名前は?」、相変わらず遠慮を知らないリュウさんは、すぐに彼女たちの核心をつくような質問を投げかける。すると、彼女たちはその日本語の質問があまり理解できないような態度を見せて、曖昧な返答を繰り返した。「タムガン・カラオケ・チャイマイ?ティナイ?(カラオケで働いてるんだろ?どこだよ?)」、ぼそっと突っ込むようにリュウさんが再びタイ語を口にすると、彼女たちは急に態度を豹変させ始めた。それはどう見ても僕らに対する敵対意識がむき出しの態度で、「こいつらいったい何者なのよ!?変な日本人を呼んでマジ最悪…」といった感じの形相で、その怒りの矛先はやがてYさんへと向けられるのであった。

それから、彼女たちはテーブルの向こう(タイ人側)とこちら(日本人側)ではっきり線を引くように、半ば無視を決め込むと、携帯をいじりだし、再び自分たち二人だけの世界へと戻っていった。挨拶も早々に場の空気はすっかり悪くなってしまった。さて、どうしたものかと、リュウさんはYさんに助け(対処)を求めるように目を向けたが、Yさんは顔を引きつらせながら苦笑するばかりで、結局、その後はテーブルのこちら側で日本人だけの会話に終始することになった。

依頼主のYさんは、数年前にタイを覚え度々来るようになり、彼女と出会った1年ほど前からは特に頻繁にパタヤを訪れているとのことだ。日本には一緒にタイを訪れる友人もいないし、現地に頼れるような日本人の知り合いもいないことから、人恋しさも手伝って、このたび我々に依頼する経緯へと至ったようだ。彼女とは北パタヤにある某カラオケクラブで知り合い、仕事はすでに半年ほど前に辞めさせたという。さきほど彼女が怒ってしまったのは、カラオケで働いていたのはもう昔のことで話したくない、その辺のプライベート事情を僕らに突っ込まれる筋合いはない、といった拒否反応だったのだろう。

Yさんは某王手企業に勤めるサラリーマン(技術職)で、定年退職を数年先に控えた管理職とのことだから、年は57、8歳。僕からすれば親ほどに歳の離れた人物だった。そして、Yさんは日本に妻子ある家庭持ちでもあった。ふむ、よくありがちな海外出張とか駐在員生活で現地女性にハマった口で、海外での夜遊びに火がついてしまったパターンである。

日本に妻子ある身だということが分かると、僕らの思いは当然、「タイでの夜遊びも程ほどにしておいたほうが懸命ですよ!」という意見へと落ち着いた。それは最悪の第一印象から始まり、その後もテーブルの向こう側でふんぞり返るようにして座り、チラチラこちらの会話を窺うように睨みをきかせている彼女たちへのけん制でもあった。しかし、当のYさんは、「そのうち日本人の妻と離婚して、タイ人の彼女と国際結婚する予定なんです」という前提の態度で、僕らに語りかけてくるのであった。要は彼の背中をポンと押してあげさえすれば、すぐにでも行動に移しそうな勢いなのである。

Yさんの主張はこうである。

「日本人の妻とは、もう何年も前からとっくに冷え切った仲で、もちろん夜の夫婦生活など長年ない。一人娘は高校3年生でもう18歳だし、高校を卒業したら来年から大学に進学する予定で、もう親離れしてもいい年頃である。そもそも、娘は私に全く懐いていないどころか、嫁と二人結託するように、私との間にはすっかり壁ができあがっており、二人して私をクサイだのキモイ親父だのとゲテモノのように扱ってくる。どうせ私はただ金を稼いで家に運んでくるだけのATM程度の存在なのだ。ああ、もう我慢の限界だ。そうだ、離婚だ、離婚だ。そして、私は若いタイ女性と再婚して南国でのんびり悠々自適に余生を暮らしてゆくのだぁー!」

そして、Yさんは残り2、3年と迫った定年退職を待たずに、離婚したらすぐにでも早期退職してタイに移住するつもりなんですと、上機嫌に語った。会社の同僚たちからは、あと数年なんだから定年まできっちり勤め上げろ!それに離婚もタイ人との再婚も早まるな!と忠告され猛反対されているようだが、Yさんの意思は固く、すでに決断を下しているようにも思われた。はたして南国での開放的な空間に後押しされるように、タイビールをぐびぐび勢いよく飲み干す日本人サラリーマン親父(管理職)の夢、理想、いや果てしない野望は、僕らには到底抑えられるようなものではなかった。それは自分の今後の人生計画を自慢げに話して、同意を求める会合、僕らへの相談というよりは、ただの報告会かねた酒の席のようでもあった。

およそ1時間ほど、Yさんからの一方的な話をいろいろと聞いて、僕の感想は「とにかく早まらないほうがいいのでは…」という一点だった。それはリュウさんも当然同様の思いがあったようで、「離婚、結婚の前に、俺はこの女はやめておいたほうがいいと思いますけどね…」と彼女への不信感をはっきりと口にした。Yさんは腑に落ちない様子だった。そりゃそうだろう。彼にとって僕らはタイ長期滞在者とはいえ、年下の後輩とか子供ぐらいの若輩者。それに今日会ったばかりの間柄である。僕らの意見など参考程度にするかどうかぐらいであろう。

リュウさんの意見に同調するように、僕もYさんの彼女に対してはかなり懐疑的であった。それは僕らに対する彼女の態度が最悪だったというだけではなく、傍から見れば、どう見ても二人は全くもって不釣合いだし、見ていて滑稽でもあった。それに日本で長年築いてきた家庭を壊してまで国際結婚を決意するほど、それが羨ましく見えるほど、彼女がいい女だとは到底思えないし、そもそも二人がうまくいきそうなイメージが全く沸いてこないのである。絶対痛い目を見るから止めておきなさい!と、Yさんが自分の身内や友人ならば必ずそう本心を伝えるだろう。しかし、すでに常夏の楽園で若い娘との情事に陶酔するようにフワフワと浮わつき、心も体も最高潮マックスレベルに達している人間、しかも年配者(管理職)に向かって、若者の我々(赤の他人)が何を意見しようが、それは全くもって意味をなさないという態であった。

しかしながら、我々の立場は一応、探偵であるからして、依頼を受けた以上は、相談に対する正直な返答をお伝えしておかねばならない。軽くヨイショでもしながら適当に関係を繋げることも出来たが、僕らは本能的に彼から危険(トラブル)信号を察知した。後々失敗してこちらに責任転嫁されても困るのである。だから、僕らはYさんとはその日限りもう二度と会わなくてもいいぐらいの対応で、彼女のことをきっぱり否定して、お別れする形になった……。

それから数週間が経過した頃だろうか。Yさんから帰国後のお礼メールが来た。あれからYさんは彼女を連れて、プーケットなどタイ国内を旅行した後、香港へと飛んで数日観光、さらに最終的には日本にも数日連れていき、あちこち豪勢な旅行を二人で満喫したようだ。まさに婚前旅行気分といった浮かれた感じの内容で、また来月にも彼女を日本に呼ぶ予定らしい。それはただのお惚気報告メールだった。僕はリュウさんにそのメールを見せると、「それは楽しんだようで何よりです…」程度の適当な返信メールをYさんに送った。あまり深い関係になってしまっても困るしなと、素っ気無い内容の返事にしたつもりだったが、それからYさんは何か事ある度に、彼女との恋愛報告メールを送ってくるようになった。

不穏な空気が漂い始めたのは、Yさんが彼女を再び日本に呼びよせ数日滞在させた頃からだった。これまでとはうって変わり、Yさんから彼女の愚痴をつらつら述べる内容のメールが届いた。どうやら数ヶ月前から彼女にクレジットカードを預けていたらしいのだが、今回の日本滞在を終えた後に久しぶりに銀行口座を確認してみると、数百万円入っていたはずの残高がここ数ヶ月で急激に減っており、もう底を尽きそうな勢いだという。そのカードは二人での旅行用にと新たに作り、彼女に渡していたもので、航空券やホテルなどの旅行費用、それに飲食時や買い物など、様々な場面で利用し、支払いは全て彼女に任せていたらしい。とはいえ、まさか数百万円あった残高がほぼ無くなりかけるまで使い込んでいるなんて、Yさんにとっては全く想像すらしていないことだった。

当然Yさんは怒り、彼女に問いただした。しかし、彼女は謝るどころか逆ギレする一方で、「この前一緒に旅行に行った時に使っただけよ」だの、「新しいテレビとか色々家具を買ったりもしたから、しょうがないじゃない」だのと、すっかり奥様気取りで、反論されるばかりだという。全くとんでもない女だな。だから言わんこっちゃない。手遅れになる前に、そんな女とはとっとと別れたほうが懸命ですよ!ていうか、そもそも彼女にカードを預けておくYさんもどうかと思いますよ!呆気にとられた僕は、忠告を込めた内容のメールを返信してみたが、Yさんはその後も彼女との関係を終わらせる様子はなかった。

その頃から、Yさんからのメールが頻繁に届くようになった。そればかりか、もうメールでのやり取りが面倒くさくなってきたのか、Yさんは度々国際電話をかけてくるようになった。そして、それはメールのやり取りをしているのが僕だと分かっているせいなのか、僕に対してだけ向けられるもので、リュウさんの携帯にYさんからの電話がかかってくることは一度もなかった。僕はYさんとメールのやり取りを始めた当初に、自分の携帯番号を彼に教えてしまったことを深く後悔する羽目になった。

Yさんは日本でのフラストレーションが爆発しそうになると、夜中にも関わらず僕の携帯に国際電話をかけてきて、明らかに酒に酔っ払った勢いで、あれこれタイ人彼女に対する愚痴をこぼし、あげくの果てには、日本の奥さんや子供との家庭事情や不平不満まで、ぐだぐだと話すようになった。

「はあ…」と、全く興味のない僕は、適当に相槌を打つだけである。だが、面倒くさそうに、聞き流すように対応してみても、電話口の向こうで延々続く、酔いどれオジサンのボヤキは一向に終わる気配を見せない。こっちの意見なぞ関係ない、ただ誰かに愚痴を聞いて欲しいだけなのだ。当然そんな日本とタイに関する痴情まみれた相談事を話せる人など日本には誰もいないのであろう。高額な通話料金がかかっているはずなのに、Yさんは電話代など全く気にする素振りも見せず、平気で一時間以上、タイにいる僕相手にくだをまきながら国際電話を繰り返すのであった。

「いったい、なんなんだよ、あのオッサンは!もう勘弁してくれよ!」、気に入ってるお姉ちゃんからの電話ならいざ知れず、泥酔親父の愚痴話を散々聞かされ、ぐったり疲れた僕は、ようやくYさんの電話から開放されると、うんざりするようにしてリュウさんに会話の内容を報告する。初めは苦笑し、呆れていた様子のリュウさんもやがて「ヒロ君も無料相談所じゃないんだから、相談料を請求しないとダメだよ…」と僕に忠告するようになった。

適当にメールの返信を繰り返していたら、いつの間にか、一方的ではあるが国際電話をかけてくるまでの間柄になってしまった。リュウさんが指摘するように仕事として割り切るならば、初めから曖昧な関係にしてはいけなかったのだ。もちろんYさんに初めて会って食事をしながら話をした際はきっちり相談料を頂いた。だが、その後は一切金銭的な要求などしていない。だから、Yさんにとって僕ら、いや特に僕は愚痴話を聞いてもらうのに丁度都合がいい相手であったということなのだろう。Yさんからの国際電話の頻度は増す一方だった。僕はYさんからの電話に耐えられなくなり、何度もシカトを決め込んでみたが、 Yさんはタチの悪いストーカーのように僕が電話に出るまで、何度でも携帯の呼出音を鳴らし続けた。

やがてYさんからの執拗な電話攻勢に屈してしまった僕は、そのうちYさんに少し同情するというか、安っぽい南国娘の色香に溺れて洗脳されてしまっているオジサンの頭を覚まさせてやらねばと思うようになった。別に相談料なんかどうでもいい。なんとかこのサラリーマン親父の甘い幻想(馬鹿げた妄想)を思いとどまらせ、日本の家庭を壊すことなどさせぬようにと、説得するように、Yさんに厳しく電話口で対応するようになった。どうやら僕がそうなるのにも理由があった。それは僕からすれば、Yさんはまさに自分の父親とほぼ同年齢で、大手企業に勤めるサラリーマンかつ会社一筋といったお堅い感じや、管理職とか定年間近など、妻子持ちのYさんの家庭の様子がありありとイメージでき、それを自分の家族とリンクさせて想像してしまうと、どうにも放っておけない感情へと揺さぶられてしまうのであった。

しかし、僕の勝手な思いとは裏腹に、Yさんの家庭はすでに崩壊へと向かい始めているようだった。いや、それはもうYさんのタイへの思いが勢い余ってしまっているというか、これまで長年に渡り積もりに積もった家庭への不平不満とか、会社での諸々の鬱憤だとかいったものが全て一挙に暴発してしまったということなのか。とにかく、僕らに出会ったことが一つの火種となり、彼の運命の引き金を早めて引かせてしまったような感覚は否めなかった。そして、そんな家庭内に漂いはじめた不穏な空気を自ら助長するように、明らかに火に油を注いでいる行為だと思われたのが、Yさんが僕にかけてくる国際電話であった。

Yさんから頻繁に国際電話がかかってくるようになり、しょうがなく相手をしていると、やがて電話口の向こうから、Yさんの家族の声らしき暴言が聞こえてくるようになった。それは今まさにYさんが僕に電話をかけていることに向けての非難であり暴言であった。さらにYさんもそれに負けじと言い返すように、僕に同意を求めるように、わざと大きな声でブツブツ皮肉や愚痴をぶちまけるものだから尚更タチが悪い。僕は電話の向こう側で繰り広げられている、そのドタバタ劇をリアルに想像するだけだった。Yさんが部屋にある何かを蹴散らしたであろう音、それに反撃する嫁子供の罵声や騒々しい物音が電話口から響き渡る。ふすまを閉めた音がして、部屋の隅っこへと避難してきたのか、「もう大変ですよ、最悪ですよ、とっとと別れてやりますよ!」とYさんが鼻息をフンフン言わせながら、荒い息遣いで話しかけてくる。そんな不穏な出来事に度々遭遇するようになった。

それから程なくして、Yさんはとうとう離婚の話を奥さんと子供に切り出したようだった。もう隠し切れなくなって自ら告白したのか、タイ人女性の存在もすでにバレてしまっているようだった。もちろん僕にはどうすることもできないことで、それがYさんの選んだ道、選択であった。泥沼の離婚劇、、不吉な様相をイメージした僕は、Yさんとの距離を置かねば厄介事に巻き込まれてしまうと改めて思い直し、それを機に彼からの電話に一切出ないことにした。当然しばらくはしつこく電話がかかってきたが、それも一週間が続くと、やがて諦めたのか、ようやくYさんからの着信はなくなった……。

それから数ヶ月が過ぎただろうか。Yさんのことなどすっかり忘れかけていた頃、ある晩、それも深夜の事だった。その日は深夜遅くまでリュウさんとだらだらバービアで飲んでいた時で、知らないタイの携帯番号からの電話に思わず出てしまったのが、久しぶりのYさんからの電話だった。電話口の向こうのYさんは、明らかにぐでんぐでんに酔っ払っている様子で、「もしもし?○○さん?今パタヤのツーリストポリスに来ているんですが、話が全く通じなくて困っているんですよ。ちょっと来てくれませんかー」という一方的な会話が久しぶりに聞くYさんの第一声であった。

途端に嫌なイメージが脳裏を過ぎる。Yさんは今パタヤに来ているのか。それにツーリストポリスだって?ということは何か問題事でも起きているのは明らかだった。しかも時刻はすでに4時を回ろうかという深夜の時間帯である。僕はもうこれ以上Yさんとは関わり合いになりたくなかったので、あやふやな対応をして一方的に電話を切った。「Yさんですよ、今パタヤに来ているみたいで、ツーリストポリスにいるから来てくれって言ってるんですけど…」とうんざりするようにリュウさんに事情を説明してみたが、リュウさんは「えー!まじでー?じゃあ、ちょっと行ってやるかぁ」と、いい小銭稼ぎが見つかったとばかりに金の匂いに敏感に反応するだけであった。

深夜の呼び出しを食らって、10分後には、当時セントラルパタヤにあったツーリストポリスに駆けつけた。そこには言葉が通じずに苛立っている様子の酔いどれのYさんと、その対処に困り明らかにうざそうにしているポリスの姿があった。僕らが駆けつけると同時に、そのポリスは「この酔いどれ日本人をとっとと連れて帰ってくれ…」といった感じで、Yさんを僕らに押しつけるように引き渡してきた。そこにYさんの彼女はいないようだった。

「いったいどうしたんですか?何があったんですか?」

フラフラと足元もおぼつかない千鳥足状態のYさんを支えながら声をかけてみるが、Yさんは酷く泥酔している様子で、先程までのポリスとのやり取りにまだ怒りが収まらないのか、ブツブツ文句を言うばかりで全く話が見えてこない。何だかただならぬ雰囲気ではあるが、僕らは近くにあるPSプラザまで移動して、Yさんから詳しい話を聞くことにした。PSプラザ内にはTOPSスーパーが入っていて、当時は24時間営業していた。またその傍らにあるフードコートの何軒かが同じく深夜明方まで営業しており、それが重宝されて深夜にも関わらず酔いどれの欧米人や売春婦などで小さな賑わいを見せ、半ば出会いの場のような空間にもなっていた。

僕らは人気のない喫茶店を選んで、話をするのに丁度よさげなテーブル席に腰を落ち着けた。酔い覚ましのホットコーヒーを頼み、Yさん用にミネラルウォーターを注文する。一気に水を飲み干し、幾分酔いも冷めてきたのか、ようやく落ち着きを取り戻した様子のYさんは、怒りと失望を滲ませたような、いや憤怒と絶望を混ぜあわせたような、得も言われぬ恨めしそうな表情で、これまでの出来事を僕らに語り始めた。

Yさんはあれから本当に奥さんと離婚してしまったようだ。そして、家族で一緒に暮らしていたマンションなど諸々の財産を奥さんと子供に明け渡すように手放して、日本を離れた。そう、住む家も家庭もなくなってしまったとばかりに、Yさんは離婚の勢いそのままに早期退職もしてしまったのだ。それからタイへとやって来て、早くもあのタイ人彼女と再婚(国際結婚)という流れに落ち着いたのかと思いきや、どうやらそうではなく、あの彼女とはなんと別れてしまったらしい。

「は、はあーー!?」

どうやら離婚した後、Yさんがいざタイにやって来て、今すぐにも結婚しようと彼女に迫ったところ、その本気度に女が引いてしまったのか、はたまた初めからそんな気など更々なかったのか、とにかく結婚の話は流れて、結局ケンカ別れしてしまったという。

「えぇーー!?まじですか……」

日本の家庭を捨てて、早期退職までして、意気揚々タイに乗り込んだのに早くもこのザマ?ああ、なんという愚かなご老体よ。取り返しのつかない展開にまで発展してしまい、僕らは同情するにも、それはYさんが勝手にやったことであるし、僕らの知ったことではない。僕らは話の展開の早さに驚き、ただ呆れ返るばかりで、Yさんにかける言葉は見つからなかった。

それで先程ツーリストポリスで揉めていたのはいったい何だったのか?それにもう終わってしまったことに関して僕たちに何の手助けができようか。ただ単に愚痴を聞いて欲しいのか、慰めて欲しいだけなのか、それとも彼女とよりを戻せるような方法を一緒に考えて欲しいのか。というと、どうやらそうではなく、Yさんと彼女の関係はもう完全に破綻してしまっているようで、その怒りや失望といった感情はもはや押さえのきかないものとなり、これまであった彼女への愛情全てが愛憎へと180度転換しているようでもあった。

そして、もはや彼女への怒りと怨念だけに支配されてしまっているYさんは、僕らに末恐ろしい言葉を投げかけてきた。

「先ずはチンピラかマフィアを雇って、死なない程度に彼女を痛めつけて欲しいんです。幾らぐらいで出来ますかね?」

「実は彼女とのハメ撮り動画や写真があるので、それを現像してビッチ(売女)とかウォンテッド(詐欺師)とか書きこんで、大量にコピーしてパタヤの街中にばら撒いて欲しいんです。それを脅迫材料にして、今まで彼女に貢いだお金、彼女が使い込んだお金を全て返してもらおうと思っています。費用は全部で幾らぐらいかかりそうですかね?」

それは彼女へ報復したいので手伝って欲しい、そのための金銭は惜しまないので徹底的に彼女を懲らしめたい、というとんでもない内容の依頼であった。Yさんはタイではよくあることでしょとでも言うような平然とした口ぶりで、僕らに問いかけてきた。

マフィアを雇って彼女を懲らしめる?ハメ撮りした写真があるので現像してばら撒く?それを脅迫の道具にして全ての金を取り戻す?いったい何を言ってるんだ!このオッサンは、とち狂ってしまったんではなかろうか。僕はYさんが口にする恨みつらみ復讐劇といったおぞましい言葉の数々にドン引きするだけだった。

そして、そんな僕の思いを代表するように、リュウさんはYさんからの協力依頼をはっきりと断った。

「いやいや、それは無理ですよ。いったい何を考えてるんですか?それに俺たちはそんなことお願いするようなマフィアなんて知りませんし。タイ人から恨まれるようなことは絶対しないほうがいいですよ…」

僕らは、もうこんなイカれたオッサンの近くにいたら後々トラブルに巻き込まれてヤバイことになると、一方的に席を立ち、伝票をほったらかしにしたまま、まさにその場を後にした。

「待ってくださいよー」と酔いどれのYさんは情けない声をあげながら追いすがってきたが、僕らは走って彼の元から逃げた。

もちろん、その後、しばらくは知らない電話番号からの着信は取らないようにした。

僕は、これを機に、人間というものが益々分からなくなり、恐ろしくなった。

海外で知り合う他人というあやふやな存在(関係)を殊更意識し、敬遠するようになった。

その後、Yさんがどうなったのか、当然、僕らは知らない。

タイ移住生活14年間の放浪物語―フィクション50%+ノンフィクション50%=(ハーフ&ハーフ)ストーリー

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