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タイの高原地ペッチャブーンで農的ライフ計画!?in NAMNAO

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久しぶりのブログ更新であるが、予め断っておくと、これは全くどうでもいい私的な内容の記事である。日本帰国後から、ふと思いあまって書き綴り始めた『男たちの南国物語』は自分で書き始めたくせに、相変わらずの遅筆&飽き性のせいか、いつのまにやら話の途中でほったらかし状態。すっかり更新が滞っている。たまーにごく少数の読者さんからコメント欄に『もう更新しないのか?そろそろ更新してくれ!』といったお叱りにも似た催促の書き込みをされてしまう有様であるが、また、そのうち続きを書いていく予定ですのですみません。いつになるかは、さてはて!?今は他の事であれこれ忙しくしており、ブログ執筆にかける時間なぞないわいっ!とでもいうのか、いや、突き詰めれば僕の気分次第とでもいうのか。まあ、あまり期待せずに気長にお待ちいただければ幸いでございます。ぼそっと・・・m(-_-)m

さてさて、話は変わり、今年も春先の3~4月にかけて一ヶ月ほどタイへ行ってきた。いや、気分的には戻ってきたと言ったほうがいいいのか。昨年はアユタヤに一ヶ月ほど滞在したのだが、今年はバンコクとパタヤで一週間ほど過ごした後、タイ嫁の田舎であるペッチャブーンに20日間ほど滞在してきた。僕にとっては2度目のペッチャブーン(ナムナオ郡)。前回行ったのは東日本大震災が起きた2011年のことだから、およそ8年ぶりの田舎再訪であった。

あちこちへとフラフラ忙しない僕の人生観を表わしているとでもいうのか、僕らファミリーは昨年の半ば頃に、アユタヤの賃貸アパートを引き払い、嫁の生まれ故郷であるペッチャブーンへと引越した……。 子供のことを含め、これから我々ファミリーが、日本あるいはタイのいずれかで暮らしていくのかを決めていく上で、この2年あまりは試行錯誤のお試し期間でもあった。僕は嫁と子供をタイに残して、先ずは単身日本へと戻った。その後、僕は子供へのキットゥング(恋しさ)余っては度々タイに戻り、そして、嫁と子供を日本に呼んで数ヶ月に渡って長期滞在させてみたりした。

結局、嫁の意思(結論)としては今後新たに日本で暮らしていくよりは、やはり住み慣れたタイ、両親や姉妹、友達が近くにいる環境で子育てしながら暮らしていきたいという思いのほうが勝っているようだった。そして、肝心の娘にしても、タイで生まれ育ったせいか、現段階ではタイで暮らすことを彼女が望み、はっきりと選んだのだった……。

日本に戻ってきた僕は、実は今現在インターネット関連を中心に色々なことをして日々小銭を稼いでは、せこせこタイへと送金を繰り返す毎日を繰り返している。自分の気が向いた時にいつでもタイに行けるよう、もちろん定職にはつかず、とにかく常に自分が自由の身である状態であることを何より望んだ。

これまでタイで日本の業者さん相手に商売を長年やってきた経験があるので、帰国後、先ずは拠点作りから始め、その足がかりとばかりに自分で色々な商品をネットで販売する商売を始めた。やはり僕にはタイ人の嫁がいて、ハーフ(ダブル)二重国籍の子供がいるという現実(特権)があるという目線で考えると、当然タイに関するもの。できれば将来、娘に残せるような商売を立ち上げようというイメージだった。そして何より自分が日本とタイを行き来できることが最重要事項であった。

それからタイの色々な商材を日本のインターネット上で実際販売し、ここ数年間いろいろな分野(カテゴリー)でのトライ&エラー、市場調査をしつつ、今現在も小金稼ぎ(メイクマネー)を繰り返しているのだが、当然、久しぶりの日本だけに浦島太郎状態の僕にとっては想像以上に悪い現実のほうが多かった。とりわけ想像していた(色々聞いていた)以上にひどく冷え切ったデフレ市場の世の中、溢れかえった大量の格安商品群たち。インターネット上でも現実の街中でも年中セールばかりで、過剰な薄利多売合戦が至る所で繰り広げられている。

コンビニやドラッグストア系の資本はスーパー市場に食い込むように横取り、場所取り合戦。どこにでもある携帯ショップ(通信会社)にダイソー等の100円ショップ、ファミレスに ファストファッションのアパレルショップ、そして大手ショッピングモールといった様相だ。それに加え少子高齢化社会を絵に描いたように、整体院やらマッサージ店、フィットネスジムに、葬儀屋は家族葬といった感じで、健康関連(葬祭等)の施設の看板がやけに目立つように見えてしまう今日この頃…。

これは僕の感覚(目線)が至極第三者的(外国人的)だからなのだろうか。なんだか、どこの街に行ってもありきたりの光景ばかりで面白みがないというか、画一的というか平均的というかシステマティックというか。まあ、いずれにせよ、この異様とも言える光景は、総じて大手企業があらゆる市場を根こそぎ独占している状態であり、すべてを貪り横取りし奪い合う経済至上主義の世の中、まさに現代版の戦国時代のようでもある。

そんな成熟しきった、もはやブルーオーシャンが皆無に等しい、さらに生産過多(供給過剰)のデフレスパイラルで落ち込んだ状態の日本の消費市場において、何かしら商売(ビジネス)を立上げるなら、そして生き残っていくためには、当然のようにシビアな現実が待ちうけている。それはとっても息苦しく狭苦しいシステム内での超競争社会であり、特に中小、個人にとっては至極大変な世の中になってきているのが現実である。しかも、それは益々、そして今以上に悪くなりそうな気配がプンプン漂っている。

今現在、僕は日本円を稼いでタイの嫁(子供)に生活費諸々を海外送金しているのだが、昔に比べてバーツのレートは益々悪くなるばかりでどうにもいただけない。割が合わないというか、日本円の価値を享受できた時代はもう終わってしまったということなのか。うーむ、となると、やはり何かしらタイでバーツを稼ぐ商売も始めなければならないという考えになってくる。

そんな折、今年の初め、諸々の事情とチョクディー(幸運)が繋がるように重なり、なんとタイのペッチャブーン(ナムナオ郡)で土地を購入する運びとあいなった。というわけで、今回のペッチャブーン滞在中、ついに田舎に土地を購入してきた。いや、実をいうと、僕がタイで土地を購入するのは、これが二度目になる。まあ、厳密に言えば、タイの法律で外国人はタイの土地を購入できないので、嫁名義でということである。もう10年以上前、結婚した時に僕は嫁の両親への結納金のほか、嫁名義で土地を購入していた。はずだった……。しかし、その土地は数年後、いつの間にやら、嫁の姉だか母親に売られてしまったのだった。

そんな経緯がありながら、また凝りもせずに、なぜ土地を購入することになったのかというと、その辺は話が長くなるので省略するとして、とにかく諸々の事情で田舎に土地を購入する流れになってしまったとしか言いようがないのである。

そんなわけで、その土地を利用して今後、ちょっくら農業でも始めてみようということにあいなった。今風にいえば農的生活みたいな感じか。老後はどこかタイの北部地方で農家暮らしor僧侶というのは、常々考えていたことであるが、まさかこんなに早い年頃にやって来るとは思わなかった。まあ、とはいえ、とにかくそんな流れになってしまったのだ。

ふむ、どこぞの欧米人みたいに今後はタイの田舎に家を建てて、ゆくゆく余生はひっそりのんびり田舎で自給自足的なファーマー暮らしってな按配になりそうである。というわけで、今後しばらくは諸々の資金を稼ぐべく、パパは一層頑張らねばならないのである。いや、愛娘がいるからこそ、パパは頑張れるのである。

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